絶望は愚者の選択


by beautiful_japan
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

「国家によって守られるべき「何か」に敏感な者だけが、国士です」と宮台真司教授 不可欠な「感染力」

■国家によって守られるべき「何か」に敏感な者 
新しもの好きのグローバル派左翼に対抗して、ナショナリズム(に基づく国家連合)の復権を唱える政治学者シャンタル・ムフの議論が注目を集めています。グローバル化に対抗できるのはグローバル市民の連帯だとするネグリ&ハート『帝国』が話題になりましたが、お題目はともかく、それではグローバル化という名のアメリカン・プラットフォームの浸透を後押しするだけだとムフは言います。

国家は暴力を独占する装置だから、国家を最大限有効利用する以外に道はないのだ、と。国家によるルールのゴリ押しには、国家によって抵抗するしかない、と。

私は賛成です。崇高な精神共同体たる国家に同一化するのでなく、我が郷土を守らんがために国家を有効利用する者を、手垢のついたナショナリストという言葉と区別し、国士(こくし)と呼びます。 国士とは、政府にケツの毛を毟られた思考停止の「愛国者」を取り除き、国への忠誠を語る売国政治家や国賊官僚を討つ者です。アメリカン・ルールで覆われ、地域性が失われたのなら、領土が守られても「魂」は守られていません。いかがですか。

三島由紀夫がそんな状況を「博物館的文化主義」と呼びました。歌舞伎や能を残しても、魂を残さなければ意味がない。魂とは入替え不可能性であり、大英博物館に陳列できるような文物が魂であるはずがないというわけです。統治権力としての国家はクーデターや敗戦で簡単に引繰り返る程度の入替え可能な存在です。国家に連なる者でなく、国家によって守られるべき「何か」に敏感な者だけが、国士です。

「何か」とは、日本人なら思わずミメーシス(感染)してしまうもの。だから国士に不可欠な要素は「感染力」です。[中略]そんな「感染力」を持つ人が昔は身近にたくさんいました。勉学動機も、自称保守が推奨する競争動機や、自称左翼が推奨する分かる喜びだけでなく、あの人みたいになりたいと感染して箸の上げ下ろしまで真似する感染動機こそ重要でした。そうしたコモンセンスの継承に鈍感な輩が保守を名乗る昨今は笑止です。そんな輩が文化から「感染力」を奪っています。

■いかにして自由と平等との二つを促進することができるか 
「言い換えれば、私は左派のアイデンティティを完全に逆転しようとしているのである。これまで左派は、一般に均質性、平等、調和を中心的価値とする社会規範として捉えられてきた。多元主義、多様性、異質性は資本主義社会の病弊であって、それらは不平等の兆候であるがゆえに克服すべきものとして理解されてきた。ここで捨て去るべきはそのような社会観である。左派は個人の自由の否定的理解から脱却して、自由を平等と同じように重視して、いかにして自由と平等との二つを促進することができるかということを検討し始めるべきなのである。」


右でも左でもなくread
■見えないものを見ようと努力する(read
■大切なものは、目に見えない(read
■特に売国奴と国賊(read
■1200年以上守られて来た美しい高尾山の破壊(read

[PR]
by beautiful_japan | 2007-06-29 23:54 | 宗教 vs グローバル化