日本を「神の国」だと思っている日本人が、かつては8割以上、いまでも半分以上いるらしい。しかし徳川18世紀社会まで、日本を神国だと感じていたのは多くても2割くらいだった。さらに徳川社会で日本を仏教国ではなく神道国だと思っていたのは、ごくごく少数の日本的儒者と神職たちで、それもそのように希んでいたという程度だった。
こんなことはいまさら強調するまでもないが、日本は長きにわたって神仏習合あるいは神仏併存の国だったのである。その長い流れのなかで、徳川幕府が「宗門改め」や「寺請制」を導入して国家的な戸籍管理を初めて実現した。日本史上、戸籍と宗旨がここで初めて結びついたのだ。これは幕府が仏教を“国教扱い”にしたということにほかならない。
このように、日本はけっして「神の国」としての歴史のみをもってきたとはいえないのであるが、明治になって神仏分離と国家神道が登場して事態が変わり、仏教ではなくて、神仏習合でもなくて、神道のみをもって日本の国家像を語るようになった。途中、「信教の自由」によって神仏分離はまもなく撤回されたにもかかわらず、その後の敗戦後の今日にいたるまで、みんながなんとなく日本を「神の国」だと感じたままになっている。なぜこうなかったかといえば、国家神道の影響が大きかったからだ。
そのように近代日本の舵を切った神仏分離や国家神道とはいったい何なのだろうか。なぜそうなったかを、誰がちゃんと説明できるだろう? 誰がちゃんと受け止めているだろう? それは結局のことろ、何を近現代日本にもたらしたのか。
神仏分離と廃仏毀釈については1185夜にある程度のことを書いておいたので、今夜は国家神道のほうの“正体”とおぼしきものに焦点をもたせたい。そのため、村上重良の先駆的な名著『国家神道』をとりあげる。(read)


■「日本の伝統を破壊した明治維新における廃仏毀釈で国家神道の付け焼き刃性が見えなくなる」と松岡正剛師(read)