絶望は愚者の選択


by beautiful_japan
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「富への権利」と「暴力への権利」が再規定されることで我々は資本主義の新しい局面に入りつつあるのだ

見落としてはならないのは、グローバリゼーションとは、たんに市場経済の世界的な拡大であるだけでなく、その市場経済をなりたたせる二つの権利が再規定されていくプロセスでもあるということだ。二つの権利、というのは、もちろん、〈暴力への権利〉と所有権のことである。

所有権は、なんらかの富(土地・モノ・カネ・ヒト・知・情報……)を特定の人間が自由に処分することを保証する。そうした〈富への権利〉が市場流動性をそなえたものへと抽象化され、再規定されることで、世界経済の新たなかたちがつくり出され、新たな経済的ヘゲモニーが確立されているのである。知的所有権がより汎用的なものへと再規定されているのも、おなじ文脈のなかでだ。

戦争の民営化のほうもまた、いったんは国民軍のもとへと組織化された〈暴力への権利〉を再規定するひとつの試みにほかならない。ひろくグローバリゼーションと形容される現在の状況は、〈富への権利〉と〈暴力への権利〉という二つの権利が再規定されることで進展している。それによってわれわれは資本主義のあたらしいフェーズ(局面)に入りつつあるのである。(read


■全てのモノを金融商品化しバーチャルがリアルを支配するグローバル賭博に乗り遅れるなと経済財政諮問会議(read

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by beautiful_japan | 2007-07-04 23:54 | 宗教 vs グローバル化