絶望は愚者の選択


by beautiful_japan
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

■世に倦む日日のthessalonike4 氏へ■

■巨人戦はないのでチャンネルを変えてテレビ朝日の歌番組を見ずに、
今夜は「デスノート完全決着版〜リライト幻視する神〜」見て下さい。
コマギレ過ぎで初見の人には意味不明な話の流れになってますね。。

■スタジオには野党議員の姿はなく、身内だけで完全に固めていて、まるで一年前の安倍政権誕生時の異常報道に戻ったかのような風景だった。国民が選挙で民意を示した実感を持つことができないのは、テレビが民意を正しくありのままに報道しないからである。テレビ報道だけを見ていれば、選挙の勝者が自民党なのか民主党なのか分からなくなる
read

■犯罪被害者の会幹事を辞任しました。私は、『復讐権』を認めた社会は、人間の文明を滅ぼすと考えています。 被害者の『復讐したい』という情念を社会に伝えたいという思いを否定しがたいものがあります。しかし、国家が被害者に代わって復讐することを刑罰として捉え刑事司法の改革を世論として確立する働きかけをすることは、私にはできません。
民主的なルールにしたがってやっていこうよという働きかけは、「遺族ではないからわからない」「遺族の感情を損なう人」という反発を招くようです。『被害者や遺族は正義である』 という情念のなかでは消耗が大きく、かかわりたくないという思いが強くなりました。(read

■今回、あえて光市事件の最高裁での弁護人弁論を掲載するのは、この事件を通して検察側が 死刑の適用範囲の拡大を求め、最高裁がこれに応えて一歩大きく踏み込もうとしているからだ。ある意味で死刑存置と廃止のせめぎ合いの場に、最高裁によってこの裁判は設定されてしまっている。そして「凶悪さ」を煽る報道と弁護人批判という形でマスメディアが最大限利用されている。それも断片的で誤った情報をもとにして。だからこそ事実に即して事件をとらえなおすために大幅にページを割かざるをえなかった。読み通していただけた方には理解していただけるものと思う。(read

■弁護人あるいは裁判所が、本件事件において、これらの客観証拠を吟味しておれば、当然に、M.A.さんに対しては、馬乗りになって、両手親指による喉仏を押さえつけた扼頚はもとより両手による扼頚も存在しないこと、またUちゃんに対しては、頭上から床への叩きつけも両手による扼頚も、そして力を込めた紐による絞頚も存在しないことに気づき、検察官が被告人に対する敵意を煽ろうとしてねつ造した虚偽のストーリーも容易に見破っていたはずである。

なお、付言するが、弁護人安田は、かつて、本件でも、本件よりも犯情が重いにも関わらず無期懲役が適用された事例として挙げられているアベック殺人事件の控訴審の弁護を担当した。この事件は、少年による2名を殺害した強盗強姦殺人事件で、主犯とされた19歳の少年には1審で死刑が宣告された。しかし、彼は、「どうか生きて償いをさせて欲しい」と訴え、控訴審では、被告人及び弁護人によって徹底して事実の見直しが行われ、平成8年12月、無期懲役となり確定した。

彼が下獄してから9年を過ぎた。そして、彼のお母さんから先日手紙が届いた。その中には、「今回はうれしいお知らせができます。Sがここ数年作業賞与金を遺族の2家族の方に詫び状を添えて送っていたのです。ことしは、Aさんのお父様より礼状が届いたとの手紙が来ました。(略)Sは、びっくりするのとうれしいのと心の中は大変だったと書いてありました。事件の後、主人と2人でお家にうかがったときにはお父様には決して会ってくださることはありませんでした。その方が、頑張るようにと書いてくださったとのこと、少し私もうれしく思い主人の仏前に知らせました。これからもA様の気持ちを大切に頑張ると書いてありました。」 と書いてあった。

生きて償うということは、何時までも贖罪の心を忘れることなく被害者のことを思い謝罪を続けることである。そして、それをとおして再び人間としての信頼を取り戻していくということだと思う。それは、決して生やさしいものではないが、しかし、死刑を無期懲役に減刑されたS君は、それを今日も実践し続けている。私たち弁護人は、まず、事実について一から吟味されることはもとより、被告人にも、S君と同じチャンスを与えられるべきであると裁判所に強く求める次第である。(read

■特に本村氏の「国家が刑罰権を独占しているのはおかしい」「もし国家が命を奪わなければ私が殺す」という発言が、それぞれ「裁判員制度」「刑事司法被害者参加制度」になって結果として現れたのです。しかし、そもそも欧米の陪審制といえば、市民の一人でもある被告人を権力の暴力的裁きから守るという発想で生まれてきたもの。被告人も同じ市民の一人であり、また、国家権力を監視するという発想が根底にあるのです。それを考えると、本村氏らの運動によって生まれた裁判員制度なり刑事裁判被害者参加制度は「国家権力による暴力的な裁判から守る」という欧米の陪審制とはまるで正反対の思想です。

すなわち、国家によって守られている被告人を市民の手によって裁くという発想から生まれたもので、この場合、被告人の立場は陪審制度の思想における一般市民と同じ立場ではなく、市民にとっては敵対視する対象となりますし、また、元々の被告人の位置は市民から遠い国家権力側に存在することになります。そうなると、被告人の立場からすれば、たとえ「国家権力による裁判は権力の恣意的な手法で行われるので恐ろしい」という前提があったとしても、より恐ろしい権力になりかねない「市民による裁判員裁判はもっと恐ろしい」と考える傾向になるのは容易に想定できること。(read

■「弁護団は死刑廃止運動にこの裁判を利用している」という批判ばかりが世間を覆っているが、この弁護団は上記のようなことも含め、事件現場での事実をこれまでできる限り一つ一つ丁寧に解明してきた。むしろ検察側(あえて強調しておくが遺族側ではない)の方が、この裁判をこの国の死刑や量刑の基準として示そうとしている、もっと言えばこの裁判を日本の社会へ向けて、ある種の「見せしめ」として利用しようとしているとさえ僕には思えてくる。(read

■光市の母子殺害事件はあってはならない、残虐、凄惨な事件。加害者が少年であっても、許しがたく、罪は罪として、厳しく裁かれなければ ならない事件であると私は思っています。しかし、この「本」に関しては、私は本にする必要は無かったのではないかと 考えています。かえって、弥生さんや本村さんの人間性を多少疑ってしまうような内容であったからです。 (といって、彼らが被害者であることに変わりはなく、少年は正しく裁かれるべきで、その点とこの本への感想は分けて考えています) ラブレターの中での、他人への侮蔑や非難。本村さんの思い。彼らの性格についてはさておき、本の中に登場する周囲の人々・本を読む人への 気遣いがありません。感情的になるあまり、配慮に欠けてしまったのかもしれません。

若さゆえの言動であったかもしれません。しかし、それを本として形にする以上、気づかないうちに、彼らに関った人々や この本を読む犯罪被害者に対して、彼らが「加害者」になってしまう危険性があります。それを彼らが被害者であるからといって、私は「仕方ないよね」と流してしまえないものを感じました。 彼らにとってこの本は、本当にプラスになったのだろうか? 私個人にとっては、なんとも、後味の悪い1冊の本であり、本村さん家族に対する気持ちが少なからず、変化してしまった本でした。(read

■被告弁護団の記者会見がノーカットで見られる。 ヤフー動画(watch

■忠臣蔵錯覚は我々日本人の頭の中に深く刷り込まれている。(read

■光市母子殺害事件弁護団が、タレントの橋下弁護士を提訴へ(read

■裁判中の事件映画が異例の公開…光市母子殺害(read

随時更新

世に倦む日日の中の人へ。
トラックバック出来ません。
ID拒否解除お願いします

■979 名前:無名草子さん メール: 投稿日:2007/07/22(日) 12:54:51
>>972 デマゴーグに必要なのは無知な人たちを煽ること。犯人が異常な言動をしているという前提で弁護士たちが言っていることを、 弁護士が異常な主張をしているとすり替えて報道しているのはマスコミ。それに踊らされる無知な主婦。 今回は踊らされているのは主婦にとどまらないが、大手メディアが全て検察側の主張しか流さないからな。 本村さんをピエロにして前面に出し、視聴者の同情を誘い加害者への憎悪を強調することで、 異論を差し挟むことを許さない雰囲気が意図的に作られている。

■395 名前:優しい名無しさん メール: 投稿日:2007/07/22(日) 11:45:49 ID:2AfqrpdX
弁護側に依頼されて鑑定をした上野正彦博士は、刑事事件で多くの鑑定をしてきた法医学の権威で、この分野でもっとも著名だ。だから必ず正しいとは言い切れないが、それが問題ではない。 上野博士の意見だと、赤ん坊の遺体に強打された形跡はない。これは犯人が「赤ちゃんが泣きだしたからあやそうとしたけどあわてていたから落としてしまった」と証言したことと食い違いはない。ところが検察は「被告は、赤ん坊が泣き止まないため激昂し、床に思い切り叩き付けた」と主張した。ずいぶん残酷な犯人ということに。では検察は何を根拠に主張したのか。実は検察の主張はただ一方的なもの。なのに弁護士がちゃんと反論せず、もっぱら情状酌量を求めた。 ひどい話だ。ずさんな裁判によって証拠もなく決め付けられてしまった。こんなことが裁判でまかり通ってしまったら、大変なことになる。誰だって、やってなくてもやったことにされてしまうおそれが。それがわが国の裁判だということになる。「この犯人はしょうもない奴だから」ではすまされない。他人事ではないのだから。

■397 名前:優しい名無しさん メール: 投稿日:2007/07/22(日) 11:48:15 ID:2AfqrpdX そんな問題のある裁判でさえ、一二審ともに被告が不遇な家庭環境で育った未成年者との情状を酌量して死刑の求刑に対し無期懲役の判断をした。 ところが検察の上告で最高裁が差し戻したが、「この程度では不遇とはいえない」など主観的な評価が加えられており、新たに提出された法医学的鑑定意見を無視していた。それも問題だが、そうなるまでに検察が緻密な論証をしたからではなく、マスコミと遺族の扇情によっている。これは場外乱闘であって司法の本道から外れている。この事件によって、我が国司法はまさに外道を進んでしまったのだ。 マスコミも悪辣だ。まず週刊誌が中心となり「被告は手紙で遺族を侮辱するなど反省していない」と騒いだ。遺族については「調子づいているのとちがいますか」と書いた。しかしこれで侮辱といえるのか、批判とすらいえない。

■398 名前:優しい名無しさん メール: 投稿日:2007/07/22(日) 11:49:48 ID:2AfqrpdX
しかも手紙はそのあと「あなたはわたしを気づかってくれているのだろうが今のわたしには心苦しいだけだ」との趣旨が書かれている。実際には文通相手の実名が書かれていて、その文通相手から遺族がマスコミで騒いでいることを言われて答えたことがわかる。ところがこの部分を掲載せず意図的に趣旨を歪めた。さらに、検察が手紙を証拠として提出したが判決で「文通相手から挑発されたことに応じたものであって本心を書き綴ったものではない」と否定されたのに、これは報じない。ただ報じないだけでなく、こんな手紙を書いたということだけは繰り返しているのだから、もう虚偽の報道である。これほどの虚報の大洪水にあっては騙される人を非難してばかりもいられない。

■328 名前:名無し@話し合い中[sage] 投稿日:2006/08/02(水) 19:08:59
マスコミが報道しない事実〜山口県光市母子殺人事件の犯人のF君について〜・12歳のときに実母が自殺したF君(F君は母親の自殺を一度止めている) ・そのため、普通の10代男子が母親から当たり前のようにしてもらえることを何一つしてもらえなかったF君・それでも非行もせず不良にもならず地味に生きてきたF君・高校時代、友人からポケットに花火を突っ込まれ火傷を負ったF君・事件の3ヶ月前に異母弟(実母の自殺の原因になったフィリピン人の継母と親父の間にできた子供)が生まれたF君・ちゃんと高校を卒業したF君 ・山口少年鑑別所で「性格に偏りもあるが、矯正は可能」「自分を強く見せるために虚勢を張ったり、笑いを取ろうと思ってもいないことを言う未熟な面がある。」との鑑別結果が出たF君 ・山口地裁の公判では遺族の無念に思いを致し涙を浮かべたF君・その未熟な内面につけこまれ、隣の房の少年からきた不謹慎な手紙に触発され、不謹慎な内容を含んだ返事を送ってしまったF君←検察の罠? (手紙には被害者への謝罪の気持ちを綴った部分もある)・自分なりに反省してるのにあの手紙のせいで誰からも信じてもらえないF君 ・最高裁判決前の親父との面会で涙を流したF君 ・2年前にキリスト教徒になったF君 ・心の弱い自分を守るために筋肉トレーニングを頑張っているF君・遺族が本村洋のような人でなければ、死刑になることはなかったであろうF君

■445 名前:無名草子さん メール:sage 投稿日:2007/07/18(水) 11:21:40 「裁けない司法ならいらない」 二回くらい裁いてますが「無期懲役」で。 いちゃもんつけてるだけでしょ。 本村さんが法律じゃないんですよ。

■485 彼氏いない歴774年 New! 2007/07/13(金) 15:54:56 ID:VE9VUpNp
あまり言いたくないがこの裁判は、メディアが判決内容に干渉した印象が強い 日本の刑事裁判の原則である刑罰権は国家にのみ存在しメディアには存在しない、ということや 裁判官はその良心にのみ基づいて判断するということ微妙に曲げられている 司法サイドは、これから裁判員制度が始まるから、多少ポピュリズムでもしょうがないか、と判断したんじゃないかな?被害者遺族が弁舌さわやかな青年でなく、鈴木宗男のようなうっとうしいオヤジでもメディアはTVに出してくれるのか、美人でなく喪女でもTVで言い分を聞いてくれるか?この裁判の問題はそこにあると思う、メディアが気に入るかどうかがメルクマール 気に入れば、連日TVに出て視聴者の応報感情をあおり、被告は重罰化へ気に入らなければ、ぜんぜん取り上げられなくて誰も知らないまま、普通に終わる 実質的に、犯人の量刑を決めているのはメディアの取り上げ方です。

■249 名前:無名草子さん メール: 投稿日:2007/07/14(土) 02:41:48
>>240 特殊な環境にいる人でもない限り、情報源はテレビや週刊誌などしかないもんね。メディアの偏向報道は241さんも言うように酷いものだと思う。 「まず死刑ありき」で、そこに結びつく情報だけを恣意的に流しているとしか思えない。メディアが検察側と本村さんの言い分しか流さないから、集団ヒステリーみたいになるのも仕方ない。テレビでコメントしている文化人もヒステリーなら、 本村さんの会見を編集している人間も相当誘導的だと思う。誰かも書いてたように、 「元少年が私をにらみつけた」という本村さんの会見。 元少年が本村さんと初めて目を合わせたのは事実だろうが、「にらみつけた」というのは、本村さんがそう感じたことであって、本村さん個人の主観でしかない。元少年がどんな気持ちで本村さんと初めて目を合わせたかなんて、本人にしかわからないのに、あんな会見流すのはイメージ操作もいいところ。

■424 名前:無名草子さん メール:sage 投稿日:2007/09/14(金) 12:09:25
人民裁判が好きな奴らは北朝鮮へでも移住すればいい。あと世界一死刑が多い中国とか、石打の刑だの名誉殺人だのをやっている中東の一部の国とか、死刑は廃止されたが政治的殺人が横行しているフィリピンとか、地上の楽園はいくらでもあるぞ。

[PR]
by beautiful_japan | 2007-08-31 20:08 | 宗教 vs グローバル化