絶望は愚者の選択


by beautiful_japan
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■Eros/Thanatos・Master/Slave■

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■自らの古い意識を壊す
古武術の稽古は披露の場が寡少で、特に何かが達成されることもない。たまたま他人に勝っても、場の設定や敵の数など、状況はすぐ変わるから、自分の力量を知る上では参考程度にしかならない。むしろ新しい設定に備え、未知の感覚を得るには、負けたほうが有意義だ。

業の飛躍は、何より自分自身で感覚的によく分かる。ただその瞬間、今までの思い込みが解けるぶん、過去の自分を全否定されたような複雑な気持になる。栄光や勝利感とはほとんど無縁だ。自らの古い意識を壊されるばかりの、こんな稽古を楽しむ人は、精神的にMかもしれない。

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■Sunday Morning 
日曜朝の楽しみは「建もの探訪」ではなく「心体観測」と「オチビサン」な私ですが、今朝は非常に複雑な気分だったので砂漠でオアシスを見つけた様に「心体観測」を貪り読んだ。多田先生のように高潔で清浄なお方は御存知ないかも知れないが、ここだけの話、ディープなSM世界では「S」は「M」に奉仕してるんです師匠!

「S」は「Slave」の「S」で「M」は「Master」の「M」なんですね、これが。と言う訳でド「M」な私は今夜も新鮮な「S」を求めて彷徨い歩くのであった。あ、師匠(女性)の前では借りて来た「ネコ」になりますので御安心下さいね。あと、「わざ」を「ごう」と読んでる私はやっぱり業が深いのかも。。

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■慈悲と仁 
アジアで生れた愛の原型は、仏教の慈悲と儒教の仁である。サンスクリット語のカーマ(愛欲)は仏教においては煩悩として否定的に解される。仏典中の数十に及ぶさまざまな愛の中でも、仏教を特徴づける愛は、マイトリー(慈、慈悲)とカルナー(悲、慈悲)である。

マイトリーは苦しむ人へ楽を与える悲しむ人から苦を除去するあわれみである。慈悲は苦からの救済をポイントとする愛であって、全ての生類にそそがれる。儒教の仁は、親や兄弟への親愛の情を他の人々に、次いで国家へと及ぼしてゆくことを意味する。それは社会秩序に関連して、他人への敬愛、克己や礼節を伴う。

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■エロスとタナトス 
それでは二つのオムニバス映画を教材にして死生観を考察してみましょう。アリア【字幕版】からケン・ラッセル監督の「誰も寝てはならぬ」と世にも怪奇な物語からフェデリコ・フェリーニ監督の「悪魔の首飾り」を御覧下さい。例によって解説は致しませんが非常に興味深い対比が見られるはずです。御覧になった事ない方は是非!さっきヤフオクにアリアのDVD二つ出てました。

ところでこの記事と元のこの記事なんですが、何で「も」がついているんでしょうか?
昨日「省庁からウィキの修正」はあったけど別に「ハッカー」じゃなかったですよね??報道機関は日本語を正しく使わないといけませんね。( ^ω^)

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by beautiful_japan | 2007-09-09 23:55 | 雑談 ライフログ