絶望は愚者の選択


by beautiful_japan
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■入会地が御料林に御料林が国有林に国有林が外資林になる一連の流れの背後に常につきまとう黒い陰?■

■大きな古時計
7年なんて早い。オリンピック二回分でお釣りがくる長さ。石原都知事が誘致に情熱を傾ける2018年東京オリンピックを僕は69歳で見る。ここでふっと思う。同じ菜園家でも、野菜だけと、野菜・果樹では時間の感覚がかなり違うだろうなと。仮に、ここに同じ経験年数20年を持つ二人の菜園家がいるとする。作るものも腕前も、まったく同じ。唯一違うのは、野菜のほかに果樹を手掛けているかどうか。

果樹というのは畑にかかる「大きな古時計」みたいなものだ。ばかデカイ振り子がゆっくりと動き、ボーン、ボーンと時を告げる。畑の主は、この時計をいつ買ったものか、およそ10年前とか20年前とかはわかっても、正確に何年製の時計だかは、その数が多くてわからなくなることもある。そんなことはおかまいなしに、古時計は成長し、花を咲かせ、実を付け、時を告げ続ける。

野菜という時計は1年ごとにネジを巻いてやるが、果樹という時計はネジを巻く必要も電池を入れ替える必要もない。ずっと動き続ける。使い古したカレンダーがその裏に、経年順に貼ってある大時計だ。7年という歳月は、この大時計がたどる時間の中では大したものではない。ものによっては、7年たって、まだ実が成らないということだってある。手軽に、コンパクトに楽しめる果樹としてすっかり人気の高いブルーベリーとて、7年は、人間でいうとようやく大人になったという年数だ。生食を楽しみ、ジャムも楽しむ、十分な収穫となると5年では得られない。おそらく10年は必要だろう

僕はやたら果樹を買う。なかにはうんと年数を要するものもある。一昨年植えたポポーなんて、結実期まで早くて10年、へたすると15年かかると聞いた。で、これまた僕はふと思うのだ。もしかしたらオレは、わざわざ遠いゴール地点を自分で設定し、そこまで走れよ、途中で倒れるなよ。ゴールまで行けば、甘くてジューシーな、あれも、これもの潤沢な美味がお前の到着するのを待ってるぜ、とかなんとかと暗示をかけ、僕は自分を懸命に前へ引っ張ろうとしているのではなかろうか・・・と。現実のランニングの方も、僕は、少なくとも70歳まではシャンとした姿で走りたいと思っている。

■果樹に投資
まず節約。大した稼ぎでもないのに僕は節約精神を欠く。新聞4紙を1紙にすれば月に1万円浮く。映画はNHKと民放の衛星放送でがまんしておけば3500円浮く。これだけ節約するだけでも年に15万7千円の貯金ができる・・・。わかっちゃいるが、やめられない。次に投資。株だ国債だ外貨貯金だ、デイトレーダーだというのは僕にとっては異次元の世界。強がりでもなんでもなくて、その方面への関心はゼロ(大学で経済学原論が優良可の可だったのは単なる偶然ではない)。

その代わり、僕は果樹に投資している。10年もの国債の利率はどのくらいなのか知らないが、果樹苗1本5000円は早くて5年後、遅くて10年後、年に1万円くらいの利子を還元してくれる。その過程で見る梨やアンズや桃の花は金に換算はできないけれど、株や外貨貯金で大いに儲けた人が、その儲けでもって弘前まで花見に行ったりハワイに旅行したりするのであれば、庭先における僕の花見も立派な稼ぎ、利息とみなすことが出来よう

■国有林のあり方徹底論議を
国有林育成への出資者が伐採の収益金を受け取る林野庁の「緑のオーナー制度」の相次ぐ元本割れが報道されている。一番の問題は、ひと口50万円で広く募集しておきながら、出資者金の使途について細部にわたる公表がないことだと思う。

専門科によると、スギを50年、効率的に育てるにはヘクタールあたり200万円強の経費が必要という。同制度の対象となる20年生のスギの場合、すでに地ごしらえ、植栽、下刈りなどが済んでいるので、その後の経費としては約70万円かかるに過ぎない。場所により対象面積、応募口数は異なるが、私も子供のために出資した静岡県天竜地区の例では、対象6.25ヘクタールに対し、32口が前・後期に分けて公募された。1ヘクタール平均250万円以上が集められた計算になり、それが付加価値の高い木材の生産にあてられるとのことだった。しかし、元本割れの理由として、林野庁は「木材価格の低迷による」とだけしか説明していないのである。

不信感のもう一つは、林野庁長官をはじめ関係者が減給などの責任を取った形跡がなく、緑を守ろうとする善意の出資者のみにしわ寄せがいっていることだ。もともと林業は長期間たって初めて収益が確定する超長期の事業である。一般にスギは植えてから出荷できるまでに50年、ヒノキの場合には70年かかるといわれ、近年では超伐期といって、さらに長く育樹することが奨励されている。しかし、同制度を担当する林野庁の役人がその森林に目を配れる期間はたかだか10年に過ぎないだろう。これでは年金問題と同じ構図だ、初期の担当者の仕事ぶりが、満期のときの担当者が責任をとればいいという「他人まかせ」になってもおかしくない。

そもそも国有林は明治以降のものだ。1873(明治6)年の地租改正に先立ち、国土の所有形態を決める官民占有区分法が制定された。土地所有が確定しなかった土地や一部の入会的な森林の多くが帝室御料林に指定され、それが終戦後国有林に移管された。それゆえ国有林といっても帝室御料林を入れてもたかだか130年の歴史を持つにすぎない。

私は、緑のオーナー制度をはじめ日本の林業を立て直すには、屋久島の世界自然遺産や、伊勢神宮のヒノキ林(wikiなど一部を除き、すべての国有林を昔のように地元の入会的な所有に戻すことを提言したい。そしてその大半を小・中学校が所有する「学校林」にすれば。事情を知る地域の手に管理をゆだねることになり、次代を背負う若者に森林の大切さを体験させることも出来る。さらには、収益の一部を教育基金として活用することも可能になる

オーナー制度の行き詰まりを機に、日本の自然資源の中心である森林、とくに国有林のあり方について徹底的な議論が巻き起こることを期待している。市川新・元大学成就(都市環境学)

■御料林経営の研究 その創成と消滅
今は1史実にすぎない存在となった御料林を、なぜ、現代の問題としてとりあげたか。通説では、農業分野には農地改革が行われたが、林業分野においては山林改革はなかったとされている。だが、それは誤りである。130万5243haに及ぶ御料林が、同じGHQの方針により、昭和22年3月末日をもって消え去っているからである。御料林の消滅、それは天皇制とかかわることから、太平洋戦争敗戦の1象徴と云ってよい。それよりすでに60年以上の歳月を経た今日、旧関係者以外の人々の脳裏にはほとんどその映像はないと思われるが、かつての存在は輝いていた

皇室財産は「御料」と呼ばれたが、本書の主題である御料林は、わが国の近代国家形成の一環として誕生した。その所在は、北の大地・北海道から南は伊勢神宮の存在する三重県にまでおよび、そこでは先進性をもつ大規模林業経営が約60年にわたり展開した。だが、敗戦に伴い昭和22年3月末をもって姿を消し、そのすべてが国有林に統合されるにいたった。

今、御料林の実像を知る人は数少ない。そのことは戦後の林業経済研究分野のうえにも投映している。1冊の著書はおろか、1編の論文すらみられない。舞台からいったん消え去ったものは、研究対象に値しないということであろうか。それに対し、逆に御料林研究の必要性は増しつつあるとみるのが、著者の見解である。すなわち、今日的意義を増しつつあるとみている。その主な理由は、次の5点である。

第1点:御料林研究を通じ、国有林における近代的林業経営体としての今日性が発掘できる。
第2点:現下の国有林経営にみられる衰退の主因として、戦前に国有林と良きライバル関係にあった、御料林社会の消滅が指摘できる。
第3点:林政統合の中心的位置にあった御料林の経営研究が、林業経済の分野では皆無にひとしい。
第4点:帝室林野局が当初きわめて重視し、精力的に推進した農地経営としての御料林開発の失敗は、今後の農政推進、すなわち拓殖政策上からも大いに参考になる。
第5点:旧国有林の所在が内地のみであったのに対し、御料林は異質な内地・北海道の両地域に及んでいた。そのことは、林政研究上きわめて重要な意義を持つ。

御料林経営研究の今日的意義は、決して小さくはない

「もののけ姫」に出てくる木霊たち↓

「トトロと生きる」
■淵の森 身近な緑住民が守る(read
■万福寺の森 ビオトープは残ったが(read
■港区の整備林 街のCO2山が肩代わり(read
■緑の復権 都市再生を 原科幸彦・東工大教授に聞く(read
■屋久島 木霊の写真館(watch)↓

1.Deep Space Network - Soylent Green
2.Leonardo Rubistein - Green
3.William Orbit - Sea Green
4.Moby - Permanent Green
5.Influx - Tiny Green Spots
6.Finitribe - Forever Green
7.Vangelis - Memories of Green
8.Blossom Dearie - Long Daddy Green

東京新聞ヘリ「おおづる」から

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■頭の硬い人は「二酸化炭素と温暖化の因果関係はまだ科学的には証明されていない、陰謀だ」などと言って憚らない。確かに利権屋さんの陰謀は晒す必要あるけど、大量生産大量消費が行き詰まるのは間違いないんだからB層に判りやすい「河童が尻子玉を抜く」「ミミズにおしっこをかけると、オチンチンが腫れる」と同じ類の話でいいんじゃないの?

「トトロの森を上空から見ると猫の額ほどの緑を守るのにあんなに大騒ぎしなきゃなんないんだ」と暗澹たる気持になる。その一方で資本の集約化による大規模開発はそこここで目にする。原科幸彦・東工大教授のおっしゃるように「ニューヨークのセントラルパークの面積は、日比谷公園の二十倍。地元紙のキャンペーンなどで当初計画の五倍以上の土地が市などにより確保されたが、そこには都市づくりの哲学があった。東京都内の国公有地は、今後すべて緑化すべきだ。そうでないと防災面を含め都市の健全さは回復しない。緑の復権による、真の都市再生が求められる」べきだ。

お台場を特区にしてカジノを作ろう」とか言い出す利権屋さんもいるけど、文化や伝統を完全に破壊された「アメリカン・インディアン」じゃないんだから大和民族はそこまで落ちる必要ないんじゃないの?むしろメガロポリス東京のお隣にある「森」にした方が本当の意味での経済効果は高いと思うんだけど。

北欧経済の競争力が高い理由に豊かな自然から得られるイマジネーションが絶対にあるはず。本物の人って「自然(神)」からインスピレーションを受けてるのに、オタクな人たちは「ネ申(人間)」をコピーするだけだからコピーにコピーを重ねてどんどん劣化して行く。その劣化具合がある種のお約束になっちゃってて、それがないと逝けないヲタク化してる気色悪さ。それじゃ商品は作れても作品は作れない。

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by beautiful_japan | 2007-10-10 23:54 | 美しい国 希望の国 日本