絶望は愚者の選択


by beautiful_japan
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【我田】共時性・狂自性・強磁性【陰水】その2

■日本の孤立は自然な伝統
日本の特徴は、日本人自身に覇権(国際影響力)を持とうとする意欲が全くないことである。日本人は、覇権(国際影響力、国際貢献)について、大きな勘違いをしている。覇権とは利権(金権)であり、国家や国民を金持ちにする ための対外影響力なのだが、日本では政府にも言論界にも「日本が世界で尊敬されるよう、国際貢献しよう」といった漠然とした概念があるだけで、利権と結びつけた発想が全くない。

世界を見ると、米英仏中露など明白に覇権を気にする国々以外にも、ドイツや韓国、オーストラリアなど、覇権に対してひそやかな野心を抱く国が多い中で、日本は例外的に、覇権を希求する動きが全く存在しない。戦前の日本は野心的だったが、覇権を捨てた後の戦後の日本人は、覇権について理解する知力も失い、自分たちが覇権を求めないことの異例さも感じていない。覇権を知覚できないので、日本人は国際政治を理解できない。(これが「敗戦」の最大の意味かもしれない)

日本人に覇権を忘れさせたのは、第二次大戦終結時の英米の戦略だったのかもしれないが、日本人は、その戦略にうまく適合しすぎて、覇権のことを忘れたまま、高度経済成長とその後の先進国としての生活を楽しみ、もはや覇権なしの国家体制の方が性に合っている。

日本が覇権を求めないのは「平和主義」の具現化であり「悪い」ことではない。だが同時に日本は、アメリカがアジアの覇権を日本に渡したくても、それを拒否して、受動的な対米従属の状態だけを甘受したがっている。日本政府は、アメリカが中国に覇権を譲渡し(押しつけ)ているのを見て、対米従属が続けられなくなるので困ると思っているだろうが「その覇権、中国にやらず、俺たちによこせ」とは決して言わない。アメリカは、日本が固辞するので、仕方なく中国に覇権を委譲している。

アメリカは、北朝鮮やミャンマーの問題で、日本政府に国際指導力を発揮してほしいはずだ。日本が中国と覇を競い、日中の良きライバル関係がアジアの国際政治ダイナミズムになれば、アメリカは安心してアジアの覇権を日中に譲 渡できる。しかし、日本の決定的な野心の欠如(平和主義)が原因で、それは実現していない。どこかの国が覇権を担当しないと、世界は安定せず、平和も 維持されない。今後のアジアの覇権は、中国が持つことになる。

日本は、アジアが中国中心の覇権体制(冊封体制)にあった19世紀まで、 冊封体制にほとんど入らず、おおむね孤立に近い状態にあった。元寇を例外として、中国は特に日本を自分の覇権下に置こうとはせず、各時代の日本の政権 は、都合の良いときだけ中国に接近し、それ以外の時は中国と疎遠にして、孤立状態を享受していた。

このような伝統的な日本の状態を考えると、アメリカがアジアから撤退し、新冊封体制とも言うべき中国の覇権体制が復活していく中で、日本が中国の覇 権下に入らず、自ら孤立状態へと移行していくのは、自然なことであるとも思える。日本とは対照的に、朝鮮やミャンマーは、伝統的に冊封体制下の国であり、中国の覇権下に入るのが伝統的に自然である。

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■うんざりの記憶と二元論
七、八年前、ヨハネ=パウロ二世は、キリスト教は過去に大きな過ちを繰り返してきたということを言いました。三一三年にローマ帝国のコンスタンティヌス帝とリキニウス帝が連名で発 布したミラノ勅令によってキリスト教が公認されて以降、ヨーロッパ(当初は西ローマの範域)のキリスト教化が進み、かえって社会がめちゃくちゃになりました。

十字軍が起こり、異端審問もユグノー戦争も三十年戦争も起 こりました。そうした血で血を争う経験をイヤというほどして、それで「もう二元論はイヤだ、適当にやるしかない」という形になったんですね。こうした「うんざりの記憶」を保持するヨーロッパでは、聖公会にしてもルター派にしても長老派にし ても、カトリック同様に二元論を遠ざけました。

そういう歴史を知っていると、アメリカも、二元論ゆえに社会がめちゃくちゃになる歴史的経験をしない限り、変われないのかなと思います。その点、日本人はいい。私は「安倍なんてクソだ」とか言っていたけど、憔悴しきった安倍さんを見ると「かわいそうだな」と本気で思ってしまう(笑)。こういう我 々のいい加減なメンタリティは結構重要です。

日本の保守が真性保守であるかどうかは、こうした脱二元論的な「いい加減さ」??いわばシンクレティズム的な発想??を肯定できるかどうかです。その意味では、安倍晋三も「つくる会 」も2ちゃん右翼も、戦前の蓑田胸喜と同じく二元論的で、真性保守から程遠い。二元論的な「断固・決然」で強がりたい「 マスターベーション右翼」に過ぎません。

私は映画批評の仕事もしていますが、アメリカのドキュメン タリーは極めて特殊です。マイケル・ムーアでもいいし、アル・ゴアの『不都合な真実(An Inconvenient Truth)』でもい いのですが、「みんなはアイツが悪い奴だと思っているけど、本当に悪い奴はコイツだ!」とフィンガーポインティングする作品ばかり。

要は、ブッシュ政権的プロパガンダに対する、ムーアやゴアからのカウンタープロパガンダなのです。カウンタープロパガ ンダもプロパガンダの一種です。だから、二元論的な勧善懲悪で、感情的フック(感情の釣針)とカタルシス(感情の浄化) に満ちています。ヨーロッパの教養人から見ると、「え? そ れってドキュメンタリーなの?」と感じます。

ヨーロッパの人たちはドキュメンタリーもアートだと捉えます。アート(芸術)とは初期ロマン派的な観念で、接触した後に日常を脅かされてしまうものを言う。接触した後に地面が液状 化したように感じられる作品だけが、アートです。二元論的勧善懲悪は、日常の感情的作法を延長しただけだからアートではなく、だからドキュメンタリーじゃない。  ヨーロッパのアートの伝統では、プロパガンダでもカウンタープロパガンダでもなく、アンチプロパガンダだけがドキュメンタリーです。むろん、ここで私が述べるアートかプロパガンダかという図式も二元論ですから、厳密に言えば自己矛盾の規 定不可能性に陷ります。だからそこは話半分に、日本人的に「いい加減」に聞いて下さい(笑)

■(Who's Afraid Of?) The Art Of Noise!■(read
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■高城剛氏の「180」サスティナブルからオルタナティブへ(read

■MIAU設立に寄せて
先週 MIAU(Movements for Internet Active Users、インターネット先進ユーザーの会)の設立が発表され、直後に設立発表会が開かれましたが、ネットでの反応(公式サイトやはてなブックマークから辿るのがよいでしょう)が当方が予想したよりも冷ややかに見えたのも今回の文章の契機と言えます。

もちろん好意的な反応も多いですし、これは飽くまで当方の印象の話です。それに否定的な反応であれ、それが今後の改善につながる生産的な批判であればよいのですが、名前が気に食わないとか瑣末なもの、あるいは「斜めな目線ありき」な反応には正直失望を覚えます(ハイレベルな自爆ギャグの域までくると素直に笑えるのですが)。

もっとシンプルに考えてみてはどうでしょう。

1. 違法サイトからのコンテンツダウンロード違法化への反対意見表明
2. コピーワンス及びダビング10技術の採用に対する反対意見表明
3. 著作権の保護期間延長に対する反対意見表明

以上の文章が何を意味しているか分からない人、また半数以上意見を異にする人は、残念ながらMIAU が代表するユーザの範疇を外れるでしょう。それにあたらない本文をお読みのあなたは、間違いなくMIAU のターゲットとなるアクティブなインターネットユーザです。

当方は上記三点を重要な問題だと考えますし、一人のインターネット利用者としてMIAU の方針に賛同します。

先日、ローレンス・レッシグ教授からクリエイティブ・コモンズへの寄付を求める電子メールが届きました。レッシグについては稿を改めて書く予定なので深くは触れませんが、今年の12月で5周年を迎えるクリエイティブ・コモンズの活動から彼が得たものは、決してポジティブなものばかりではなかったはずです。

設立発表会において白田秀彰氏も引き合いに出していたレッシグの言葉を今一度引用します。

もし君たちが、自分自身の自由のために戦うこともできないというのなら ……君たちはその自由に値しない

■6500作品DVDで無料配布 青空文庫が8000図書館に(read
■腐敗に立ち向かうレシッグに興味津々(read
■「顕在、潜在、双方の意識と能力が働いている中間に、莫大な才を発揮できる秘密の領域があると感じる」(read

■編集・Remix
今回、1冊分の原稿に赤入れして、あらためて思うことは、編集者とかライターという職業も、それぞれやはり得意分野があり、大きく分けると話の流れを作るのが向いている人、日本語の表現力がある人の2つに分けられるように思う。もちろん、すぐれた編集者やライターは、その双方を兼ね備えていることだが、昨今はその両方を1人の人間に望むのは非常に難しいことなのかもしれない。

■Karma・縁のネットワーク■(read
■Lovely Standards・離れの至極■(read

■ジャンプするための「カタパルト」
もちろん実証的な研究は学術的に大きな意味をもつ。けれども、実証的研究に「はまる」と、しばしば学者たちは「存在するものがすべてを意味として編制している」というチープな物語を信じるようになる。一般に、学者というものは学術情報の蓄積がある閾値を超えたところで「ワイルドでカラフルな仮説を立てる人」と「重箱の隅をつつく人」に二極化する。

それまで自分が蓄積してきた学術情報が「次のレベル」へジャンプするための「カタパルト」とみなして、それを「踏み台にして棄ててゆく」人と、それまで自分が蓄積してきた学術情報を「お宝」とみなして、それを退蔵して飾り立てる人の二種類にわかれるのである。残念ながら、90%の学者は後者である。 原理的に言えば、あらゆる学術情報は「棄てるため」にある。必死になって研究するのは、その研究成果が「実は無意味」なものであるということを確認するためなのである。

「無意味なことはできない」という人間は学者には向かない。 あまり知られていないことであるが、私たちにとって「意味のあること」の有意味性はどのように構築されているかではなく 、私たちにとって「無意味なこと」の無意味性はなぜ知的に把持され得ないのかを問うことが根源的に学術的な知性のあり方なのである。 真の知性は「存在しないもの」、私たちの意識から絶えず逃れ去ろうとするもの、知性が把持することのできないものを選択的に追う

■ 本日の太陽と月・Brother Sun, Sister Moon ■(read
■「かぐや」と別れ「おきな」「おうな」 衛星を分離■(read

■虫に、なぜ「名前」が必要なのか?
変な虫を見つけると嬉しい。その嬉しさを言葉にしようとすると、「変な虫を見つけた嬉しさ」になってしまう。これでは説明にならない。その嬉しさとは、正体が不明なものが採れたということに発している。でもそれなら、正体がわかると、その嬉しさが消えるはずである。消えると、嬉しくないわけである。でもそれをどうして も消したい。このあたりが、人間の矛盾したところである。どうだ、正体不明だろう。面白いだろう。そういって威張っていればいいのに、名前を知りたくなる。

正体不明の虫が存在することが、なんだか気に入らないわけである。名前がわかれば、その「気に入らなさ」が消える。それが行動の強い動機になる。それでわかったような気がした。虫に名前をつけるという作業の根本の動機がここにあるのではないか。(中略)

名前がわからない状態でいると、虫の形をよく記憶している。名前がつくと、忘れる。名前がつかなくたって、忘れるよ。そういう人が多いのはわかっている。でもそういう人は、言葉の世界に慣れきった人なのである。言葉の世界に浸ると、感覚の 詳細が吹き飛ぶ。名前が代用するからである。言葉と感覚はその意味で相互排除する。言葉がないと、つまり名前がないと、感覚で捉えた特徴を記憶するしかない。

だから頭の中が、口吻の隆線なのである。

■むしのこえ うたにきこえる にほんじん■(read
■人間界のことにしか結局は関心がない人が多い その人間界だって自分が生きている間だけにしか関心がない(read
■私を知りたければブログの表面だけを見てください。裏側には何もありません(read
■基本的人権はメタバースにも適用されるべきか?(read

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■ホームズ彗星(17P/Holmes)大増光…2日間で40万倍の明るさに
ペルセウス座の方向にあるホームズ彗星(すいせい)が25日までのわずか2日間で約40万倍も明るくなり、肉眼でも観測できるようになった。アウトバーストと呼ばれる現象で、彗星の核からチリやガスが一時的に吹きだし、太陽光を反射して明るく輝くらしい。今回のような大幅な増光の観測例はなく、各国の天文台などが追跡を続けている。

ホームズ彗星は太陽の周りを約7年周期で回っており、今年5月に太陽に最接近した後、少しずつ遠ざかっていた。現在の太陽からの距離は約2.4天文単位(1天文単位は約1億5000万キロ)、地球からは約1.6天文単位離れている。/23日の明るさは約17等だったが、その後急速に明るさを増し、日本時間の25日明け方には約2.9等と、約40万倍の明るさになった。放出された物質がそれほど広がっていないため、尾のような構造は見えず、恒星のように見える。

アウトバーストを起こして肉眼でも観測可能になった彗星は、73年のタットル・ジャコビニ・クレサーク彗星以来。この時は約1万倍の増光だった。ホームズ彗星も発見時の1892年に約6万倍の増光が観測されたが、翌週には急速に減光したという。/渡部潤一・国立天文台(詳細)准教授は「研究者としてこれほどの増光に立ち会える機会は一生に一度あるかないか。とても興奮している。観測を通して、現象の解明も進むかもしれない」と話している。【須田桃子

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■あ"-疲れた!てな訳で「十三の月の歴」の
四月(Self - existing Owl Moon・FormDefineMeasure
Week14(Temple of Being)の始まりです。

一回分のエントリーの限界超えて二分割しますた(爆w その1

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by beautiful_japan | 2007-10-25 00:00 | 和心 覚醒