絶望は愚者の選択


by beautiful_japan
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【我田】共時性・狂自性・強磁性【陰水】その1


■儒教とは何か
これをどう感じるかは諸君に任せたい。おそらく柳田は「日本の家」のことを俎上にのせたのである。ひょっとすると、西田が家族を失って、新たな思索に入っていったことを暗示したのかもしれない。ぼくはどうかといえば、どう転んでも60年にわたって「孝
から遠のいてきたと言うしかない人生をおくってきた。むしろ、あらゆる「家」から逸脱することを選んできた。親にも妹にも、また友人にも「孝」を尽くしてこなかった。それをもって潔しとしていたようなところがあった。ところが、ところが 、である。近ごろはそうした日々を愕然たるものとして偲ぶようになったのだ。なぜだかはわからないので、今夜は「孝としての儒教」をとりあげたのである。

ついでながら、もうひとつ告白しておくと、ぼくは『論語』が苦手だった。いまもって溶けこめないでいる。ずっと「うざったかった」のだ。ところが、ところが、だ。それにもかかわらず、最近は、とくに「知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ」(雍正篇)が覆いかぶさって、困っているのだ。そうでないときは、「民に戦いを教えざるをもってす。是れ、これを棄つると謂わん」(子路篇)を考えこむようになったのだ。また 、「人が知らずして慍(うら)みず、人の己(おのれ)を知らざるを患(うれ)えず、人を知らざるを患う」がのしかかるようになったのだ

きっと、いつかは孔子を書かなくてはならないのだろう。そう、思うしかあるまい。そのときは、でも、二つの視点をもちだしたいとこっそり思っている。ひとつは「述べて作らず」(述而篇)ということ、もうひとつは「吾、老いたり。用いるあたわず」(微子篇)ということだ。

■ 空・All As One ■(read
■私はいま、「アフォーダンス」「アブダクション」という二つの見方に非常に関心をもっている(read


■森永卓郎氏が講演、「独身とネットが社会を変える、不良社員を社内に増やせ」
10月24日に開幕したイベント「IPコミュニケーション&モバイル 2007」では、獨協大学経済学部教授の森永卓郎氏が基調講演に立った。ジョークを交えながら経済やマーケットの変化をわかりやすく解説。「年収100万円台のフリーターとインター ネットが社会を変えている」と話した。森永氏は最後に「会場にいる経営者のみなさま」と呼びかけ一 つアドバイスを残した。「商品の短命化は驚くほどの速さで進んでいます。こうした時代にヒット商品を生み出せるのは変な社員なんです。以前、システム会社にいたことがあります。そのときにCOBOLで勘定系システムをこつこつ作っていた真面目な社員より、マイコンやゲームで遊んだり、データベースをいじっていた“不良社員”が活躍しています。社内に不良を増やしてください。最近は私用メールを禁じているが、絶対に間違い」と訴えた。次々にいろいろな情報を受け取り発信していく異質な不良社員こそが企業に革新をもたらすという。 (上木貴博=日経情報ストラテジー

■akira@beautiful_japan profile with photo(read
マニさんがシェフの頃行ってたお店のすぐそばに森永先生行きつけ?のショップがあるのでお見かけした事あります。(read

■真の技術移転は、文化の移転を伴う
「発展途上国の温暖化対策のために日本がすべき貢献は“技術移転”だ」という言葉を、しばしば耳にするようになった。だが、その中身がどういうものなのか、どうあるべきかは、曖昧模糊としている。2007年8月下旬、「環境・エネルギー課題解決のための賢人会議」のために訪ねたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)のパチャウリ議長も、日本の技術への大きな期待を語っていた。その中身は何なのか、インドのトヨタとデンソーで“技術移転”の一部を見ることができた。

インド訪問は今回で4度目と少ないが、1977年、1987年、1997年、そして2007年と、偶然だが10年ごとにインドを見たことなる。1977年は哲学者、梅原猛先生のお供でインドの宗教と思想を学ぶ旅だった。1987年は伝統医学“アーユルヴェーダ”の、1997年は絶滅に瀕するベンガルトラの取材が目的だった。10年ごとの訪問のたびに自動車の急増ぶりと交通事情の悪化を実感してきたが、今回、いくつかの驚きがあった。新しいきれいなクルマが増えたこと、なかでもトヨタ車が目立っていたこと、そしてこの10年間のクルマの増加と都市部の渋滞の凄まじさだ。

首都ニューデリーでは、日本の安倍首相(当時)の訪印と重なり、辛い目にあった。その警備のための交通規制で、8月22日夕刻から夜にかけて、ニューデリー市内の道路は完全に麻痺してしまったからだ。インドのドライバーは走行中に車間距離をとらず猛速度で走り、やたらにクラクションを鳴らし続ける。しかし“安倍渋滞”では、クラクションを鳴らそうと、クルマは微動だにできない状態が続いた。

そんな混沌と破綻の「インド」から、一歩、「トヨタ」の世界に足を踏み入れると、そこはまったくの別世界、「日本」だった。構内はゴミひとつない清潔さで、エキゾチックな植栽が続き、砂漠でオアシスに辿りついたような思いがしてホッとした。この工場敷地内の清潔さが醸す快感と安堵感は、2500人のインド人従業員たちが最も強く感じているに違いない。

■【七転】だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ・何と桃太郎の起源はインドにあった事が判明!【八起】(read
日本は世界最強の「戦略」を持って、日本国憲法を世界各国に「押し付け憲法」すれば良いread

■「借金は国民に、資産は新会社に」の身勝手
民営化にあたって、わたしが気にしているのは、郵便局が持っていた資産だ。例えば東京駅の前に東京中央郵便局がある。 まさに駅前1丁目という格別な不動産だ。民間の丸ビル(丸の内ビルディング)より地の利は高いといってもいい。こういう資産を郵便局は全国にたくさん持っている。しかも、それらに関しては下記の例示にあるように巨大な開発計画が目白押しである。郵便局や銀行窓口が必要としている のはこうしたビルの一階部分のごく一部であろう。郵便物などの仕分けや配送作業は、当然、もっと安い土地に移してしまえばいい。家賃が坪当たり6万円も取れるようなところで集配作業をやるのは、それこそ民営化した郵便局に相応しくない。


この土地はいったい誰のものか、考えてみるといい。言うまでもなく国民のものではないか。それを当然のように新会社は自分の所有物であるかのごとく持っていく。本来であれば、こういう駅前一丁目は国民が取り返さなくてはいけない資産だ。民営化された会社のものではない。

民営化の第一段階で持っている資産は売却して、国民に返せとわたしは言いたい。上場してキャピタルゲインで返すというのは正しいやり方ではない。売却した場所にとどまりたいというなら、民営化した会社は当然新しいオーナーに応分の不動産使用料を払うべきなのである。こうした不動産の所有権の問題 をあいまいにしたまま走り出したところを見ても民営化委員会は実に表面的な議論しかしてなかったことになる。

民営化委員会は、「それらの資産は、上場したときの価値に含まれる。上場益は国のものだから返すことになる」と言っている。だが、その論理にだまされてはいけない。そのいい例が国鉄の民営化のときにある。国鉄は駅前・駅周辺に価値の高い資産を持っていた。駅前の駐車場、空中権‥‥。「汐留や品川」の操車場なんて土地もあった。当時の国民は、そういうものを国鉄が持っていることを知らされずに、ただ「国鉄には巨額の借金がある」とばかり思い込まされていた。

そして、気がついてみれば、国鉄の借金は国民に押し付けられていて、国鉄が持っていた資産は、ちゃっかりとJRが持っていった。それで駅ビル、駅中、駅横、駅そば事業など、やりたい放題でJRは史上最高益、ときている。ところが、そのキャピタルゲインはごく一部しか国庫に戻ってこない。

なぜなら、かなりの株式は既に国民の手を放れている。国民が「実は国鉄は、駐車場や汐留などの資産を持っている」ということを知ったのは、民営化の後のことだったからである。本来であれば、国鉄が持っている借金も資産も、ちゃんと国民に返してから民営化するのが当然ではないか。あるいは、そうした新しいプロジェクトとか、空中権のような当初想定していなかった権利から生まれる富は国民に返さなくてはいけない、という一文を入れておくべきだったのである。

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■駅中の立ち食いソバの店
おれの副業の勤め先から自宅までを、東京中に張り巡らされた地下鉄をなぞるように 線で結ぶんだちょうど中間地点の駅。大した駅じゃないんだけど、 その駅にうまい立ち食いの店がある。 香ばしいアジアンテイストの香りを伴う輸入雑貨屋や、おれには縁遠いアンティークウォッチで ショーケースを輝かせる店の影、 おそらくタタミ6畳くらいのえらく手狭なスクエアに、年季の入った木製テーブルが二つ並ぶ。 のれんで仕切られたカウンターの向こうには、気の良い50代中ごろの店長が、 いつだってえくぼをつくって出迎えてくれる。

カツ丼やざる蕎麦など、立ち食いのスタンダードはきちんと抑えた上で、 オムライスやから揚げ定食なんてものまで揃えた豪華ラインナップ。 そのほとんどが、ニッケル黄銅で作られた 桐の花が描かれたコイン一枚で食えちまう。そして注文してから、10数え終わらないうちに、 とっくに鏡面性を失って曇ったステンレスのキッチンカウンターから、目当ての一品が 元気な店長の声とセットで滑り込んでくるのだ。

中でも天ぷらそばがおススメで、 つなぎに山芋を多く使ってる蕎麦は、 コシも強くて喉越しもなかなか。デカイ海老の天ぷらもついてたったの 320円だからびっくりだ。 何より舌がにぶいおれには、ダシの味がしっかりしてるのが嬉しい。 東北の味付けは喫煙者にやさしいのだ。

そんな店だけど、いつも狭い厨房の奥で、店長が上げた蕎麦に、せかせかと わかめや刻みネギをトッピングしたり、 カレーライスに福神漬けを乗せたりしていた40代半ばのおばちゃんがいた。 彼女はいつも奥で作業してるから、 直接目を見て話すことは出来なかったけど、こんなに安くてうまい蕎麦を出してくれる 店だし、おれはいつもなるべく店の奥まで届くように「ご馳走様でした」と言っていた。 そうすると彼女は「特ダシうどん」に、自慢の巨大オアゲを扇状に広げながら 「またどうぞ」と返してくれたんだ。 他人に心を添わせるのはいつだって気分が良い

ところが先週久々に寄ると、 彼女は居なかった。 かわりに日本語が話せないアジア系の若い女性が、なれない手つきでカレーを 煮込んでいた。 太陽が赤みを帯びる直前で、まだおれ以外に客はいなかったので、 顔なじみの店長に、おばちゃんは休み? と聞いてみた。するとはじめて店長の頬からえくぼが消えた。 目は笑っているが、口元は厳しい。聞かなきゃよかったと思ったけど、もう遅い。 記者の職業病は、何でも聞いてしまうことじゃなく、それによって他人の事情を背負うこと。 冷酷になれないおれは、 きっと永久に一山いくらの三流なんだろう。

「彼女は8年間ずっと一緒にやってきたけど、 賃料や材料費がどんどん上がってるでしょ。立ち食いだけに値段はそんなに上げられないし、 彼女の給料を払いきれなかったんだ。」それでも店の儲けをギリギリにして 彼女に払っていたことを付け加えてくれた。 勿論そんなことは言わなくてもわかっている。好景気の象徴として政府がしきりに持ち出す 地価高騰と物価上昇。 給与と消費が連動していなけりゃ、多くの国民にとっては地獄に過ぎない。 (当然、資本家や、それらから献金を貰う政府にとっては笑いが止まらないんだけどね。)

安値競争を余儀なくされる店舗の店長とパートのおばちゃんは、現代日本の典型例。 安い時給でつくしてくれる日本人さえ雇えなくなって、変わりに更に時給の安い中国人留学生を使う。 最低で徹底的な悪循環がそこにある。相変わらず天ぷら蕎麦がうまいのが、 余計に悲しかった

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■コードネーム「BX」−日本上陸
アルルの男・ヒロシです。今朝の「産経新聞」に出ていた記事です。 NYSEのティッカーネーム「BX」、ブラックストーンが日本上陸するようだ。

ブラックストーンは、NYウォール街の「新帝王」の称号をこの2月に授けられた、イエール大学スカル・アンド・ボーンズ出身のスティーブン・シュワルツマンが創業した投資ファンドだ。名誉会長には、同じリーマン・ブラザーズで働いていたときの会長のピーター・ピーターソンを迎えており、その点でデヴィッド・ロックフェラーの人脈に繋がり、さらに欧州のジェイコブ・ロスチャイルド、カナダの元首相ブライアン・マルルーニーをアドバイザリー・ボードに迎える大型ファンドだ。今年には中国政府からの出資を受け入れたほか、巨大保険会社AIGとも提携している。既に書いたように、BXは、以下の欧米企業と提携したおり、情報ネットワークは強い。

ブラックストーンからスピンアウトしたヘッジファンドにブラック・ロックがある。そのBXが上陸するのは、皇居脇にあるAIGビルディングだそうだ。→→→皇居の周りはブルームバーグなど軒並み外資に進駐されてしまっている←←←既にカーライル、KKRは日本に事務所を構えている。

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■田中康夫代表からの激励メール - 防衛省不正疑惑を追及せよ
昨日、新党日本の田中康夫代表からメールが届き、防衛省の不正疑惑追及の記事について激励と助言を頂戴した。代表は以前からブログをご覧になられていると言う。これは私にとっては大きなニュースで、感動と緊張の両方が錯綜して、公開の記事の中でどう気持ちを表現すればよいのか戸惑う。メールをもらった事実を書くべきかどうか少し躊躇ったが、私の中ではこれは慶事であるから、素直に喜んで公表することにした。何と言っても彼のメディア批評は昔から抜群のセンスがあり、多忙な中で彼が関心を持って読んだり見たりしている情報(コンテンツ)は見逃せないものが多く、それに対する批評には立ち止まって目を通さざるを得ない。簡単に無視できない。先日の『フラガール』もそうだった。田中康夫のメッセージは常に気になる。中身も表現も気になる。そういう批評家は今の日本では少ない。

ブログのパースペクティブを広げること。誰かがそれをやらなきゃいけない。それと、この機会に併せてブログの読者にご紹介しておきたいが、あの「華麗なる内閣」の記事を上げた直後、天木直人氏のご子息から熱いメールを頂戴した。私にとっては大きな事件だった。お父上から「あの記事を見たか」と言われてお読みになられたということだった。そのメールが本当に感動的な文章で、読みながら胸が詰まってどうしようもなかった。よいご子息をお持ちでお父上は幸せである。よいお父上をお持ちでご子息は幸せである。必ず、必ず、この国の外務大臣になっていただく。諸外国のメディアに「ミスター9」のニックネームで呼ばせる。

■世に倦む日日のthessalonike4 氏へ■(read
■マクロが「武力の行使は国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する」ならミクロは?天木直人先生(read
Wake Up And Make Love With Me・なぜならば「第三のチャンス」はもはや存在しないからである■(read

その2へ続く

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by beautiful_japan | 2007-10-25 00:00 | 和心 覚醒