絶望は愚者の選択


by beautiful_japan
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

ネイティブアメリカン(インディアン)スー族の独立宣言でサウスダコタがラコタ共和国になるんだろうか?


■サウスダコタはラコタ共和国に?
植民地における人種隔離体制下に完全に組み込まれるまでのアメリカ・インディアンのなかにはその選んだ生き方に応じてさまざまな名前で呼ばれている人たちがいた。「アップル(外が赤くて内側が白い)」と呼ばれたり、「アンクル・トマホーク(トマホーク伯父さん)」と呼ばれていたり、「砦のまわりのプー太郎」と呼ばれたりする、さまざまな理由から征服者の生き方を迎合して白人階級社会の最下位に組み込まれた人たちで、この被征服民たちがピラミッドをのぼるにはスポーツ選手になるか、芸術家になるか、軍隊にはいるかしかなかった。最近では「BIAインディアン」とか「IRAインディアン」と呼ばれる人たちがいる。

前者はアメリカの国務省インディアン局に生活の面倒を見てもらってる人たちで、後者は1934年に施行された「インディアン再組織法(Indian Reorganization Act)」によりアメリカによってつくられた傀儡政権の部族議会(日本の自民党みたいなものと思えばわかりがいい)体制下の生き方をよしとする人たちである。今回、合衆国との条約からの完全撤退を表明した自由ラコタ代表団は、「自分たちはそうした植民地体制下のアパルトヘイトを受け入れて自由を求めることのない人たちを代表しない」とあらかじめ表明しているのが印象的だ

新しい国境線はいまだ発表されていないが、彼らのドメインネームの変更は目を惹きつけるかもしれない。

(旧)http://www.lakotafreedom.com/index.html
(新)http://www.republicoflakota.com/index.html

「Republic of Lakota」(ラコタ共和国)というふうになるのか・・・。


■ラコタ国独立の経緯を確認する
12月19日に、ワシントンDCにて、合衆国政府を相手に交わした過去のすべての条約の破棄を表明した翌日、つまり2007年12月20日に、ラコタ・スーのアメリカン・インディアンの代表団は、自分たちの国が正式に主権国家であることを宣言した。条約撤回の声明は時をおかずして国務省長官補佐に手渡されて、1851年、および1858年にワイオミングのララミー砦で締結された条約に述べられているラコタ・スー・インディアン国と合衆国政府のあいだのすべての合意事項は、ここに完全に破棄された。

[PR]
by beautiful_japan | 2007-12-30 23:55 | 宗教 vs グローバル化