絶望は愚者の選択


by beautiful_japan
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■tamaso ma jyotir-gamaya■

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Week34 Reaching the Source      Return to the Source - Ambient Meditations 1
■インドの宗教の歴史は「私は誰か」と問い続ける苦しい歩みだということができます。そしてインドでは宗教と同じことが、当然、哲学についてもいえるのです。それは宗教と哲学が人の経験(サーダナ)を支え導く思想体系(ダルシャナ)のなかで統一され、融合されている国において見られる通りです。インドでは、知性が魂の力より優れたものとして主導権をもつようなことはありませんでした。また知性が魂から分離して、病める西欧のように、知性と心の危険な分裂が生ずることもありませんでした。西欧では、実際、この内面的な病気を指すかのように「知性的」という言葉をつくり出しました。これは人類の思想史上きわめて珍しいことであり、あたかも知性そのものと化してしまった人間のタイプが存在し得るかのようです。

このように魂から分離した純粋な知性は、人間にとっては死を意味します。知性が自己の能力を過信して高慢な自己満足に陥ってしまったとき、知性は人間から高貴さを奪い取り、人間を没個性的で恥ずかしい低劣な生き物にしてしまいます。さらに知性は、魂が情念や直観によってすべてのものの生命に愛情をもってかかわる働きをも奪ってしまいます。また、知性はそれ自体としては生命がなく、破壊的なものであって、分裂の発端となります

しかしインドでは、知性がまったく従属的な地位にある場合が多いのです。潜在意識の世界は決して否定されたり、拒絶されたりはしません。潜在意識は「自己意識」を取り戻すために調和のとれた働きのなかで指導され、変容されていくのです。この「自己意識」つまり自己の意識はもとろん個我ではなくて大我、すなわち、すべてがそれに由来し、すべてがそれへと導かれる宇宙意識なのです。宇宙意識とは、人々の個別的などのような思考活動によっても曖昧になったり曇ったりしない、純粋で清浄な意識のことです。しかもそれは生きている個人の心の現実を構成する具体的な想念のもとになるものです。したがって、宇宙意識がなければ個人の心の働きもないでしょう。しかしまた一方では、人生経験を積んだあとでこの宇宙意識を取り戻そうとするならば、こうした個人の心が展開していくのを抑えなければなりません。(more

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by beautiful_japan | 2008-03-14 00:00 | 和心 覚醒