絶望は愚者の選択


by beautiful_japan
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■地域共同体の空洞化を招いたのは誰か?■

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■「社会的な背景」の調査が必要
昨夜の報道ステーションでは、古館伊知郎が、「話を広げすぎだと批判されるかも知れないが、事件の背景に切り捨てや使い捨てにされている若者の労働の問題があり、社会から排除されて簡単に絶望する大勢の人間がいることは否定できない」と言っていた。ワイドショーでは、社会に原因があるとする立場とないとする立場でコメンテータが分かれて論争がされていて、鳥越俊太郎は「小泉構造改革の名の下に進められた変化が、こういう犯罪を産み出していると思えてならない」と持論を展開、落合恵子も「社会のなかに原因がないのか点検しないと連鎖は断ち切れない」と指摘している。一方、小倉智昭は「こんなの社会のせいじゃない。仕事に行き詰まったら、まず自分で解決するのが当然。なんで人に刃をむけるのか」と言い、同じ番組共演者の高木美保が「何でも人のせい、親のせいみたいな、自立できていない依存心の強いタイプ」と応じている。大谷昭宏は、「自分がうまくいかない理由を社会に転嫁しており、身勝手で甘ったれている」と厳しい。

■「自分たちがそこから来た場所」が消えてしまった
自動車絶望工場—ある季節工の日記』(74年)の著者で、昨今はワーキングプアを積極的に取材する鎌田慧氏と話す機会があった。私は「絶望工場の季節工と、現在のワーキングプア、どちらがキツイか」と尋ねた。物理的にはかつてだが、精神的には現在だと氏は答えた。かつての季節工や出稼ぎは、昨今のワーキングプアよりも身体的にはキツイ仕事をしていた。だが彼らには帰る場所があり、仕送りする場所があり、そこで働くことに一定の意味が付随した。昨今では、帰る場所も仕送りする場所もなく、意味の空白に見舞われている、と。この意味の空白は、「自分たちがそこから来た場所」が消えてしまったことに由来する。それが消えたのは、地域共同体の空洞化のせいである。こうした彼らは、苦難に耐えた後に帰る場所、あるいはどうにも苦難に耐えきれなくなって逃げ帰る場所をも、失ってしまった

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■政界の風見鶏・日本を浮沈空母に・中曽根大勲位
・1982年(昭和57年)- 第71代内閣総理大臣に就任。第1次中曽根内閣を発足。国鉄、電電公社、専売公社の民営化を行う外務大臣に安倍晋太郎を起用
・1983年(昭和58年)- 第2次中曽根内閣発足。内閣官房長官に藤波孝生、文部大臣に森喜朗を任命
・1984年(昭和59年)- 第2次中曽根内閣第1次改造内閣発足。内閣官房副長官に山崎拓を抜擢した。
・1985年(昭和60年)- 第2次中曽根内閣第1次改造内閣発足。農林水産大臣に羽田孜を、自治大臣に小沢一郎を起用する。プラザ合意により、円高を容認。12月には内閣改造を行なう(第2次中曽根内閣第2次改造内閣)。
・1986年(昭和61年)- 第3次中曽根内閣発足。大蔵大臣に宮澤喜一photo)を、運輸大臣に橋本龍太郎を任命。
・1987年(昭和62年)- 売上税の導入失敗が原因で退陣するが、売上税撤廃後に人気を取り復した。竹下登を後継総裁に指名
・1989年(平成元年)- リクルート事件に関連して自民党から離党。
・1990年(平成2年)- 派閥を渡辺美智雄に譲る
・1991年(平成3年)- 自民党に復党。 ・1996年(平成8年) - 比例区の終身一位となる。
・1997年(平成9年)- 大勲位菊花大綬章を受章。
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by beautiful_japan | 2008-07-24 23:54 | アメリカ イスラエル