絶望は愚者の選択


by beautiful_japan
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■B層ネトウヨを煽る単細胞マンガ家に異議ありまくりんぐ■

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■昨日は左翼を切ったので今日は右翼、と言っても学習院で真性右翼を見て来た私にとって小林よしのりは赤木さんと大差ない釣り(煽り)で飯を食ってる人にしか見えませんが
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■出口のない時代
また、同時に保守派による戦後民主主義批判が大きな流れになっていた。その議論に、私は強くひかれた。しかし彼らが振りかざす「公の精神」という概念に強い疑問を感じた。
結局のところ公と私を二分化する近代主義者なのではないか?」と思った。小林よしのりは「戦争論」や「ゴーマニズム宣言」などの一連の著作の中で「公」の精神の重要性を強く説いている。そして一方で「私」の領域では非常にふしだらな行為を行っていることを激白している。公の領域では立派な日本人を演じる反面、私の領域においては何をやってもよい。

これを読んですぐにマックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の最後のくだりを思い出した。ウェーバーは、世俗化し合理性や効率性のみを追求する近代社会が「精神なき専門人」と「心情なき享楽人」という二分的な人間を作り上げてしまったことに、強い警告を発していた。「信仰を失った保守主義者は単なる近代主義者なのではないか?」と強く思った。

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■上記の引用をうpしてしばらくして、相関関係あるのかないのか判りませんが「私の領域のふしだら」について涙目で言い訳してるマンガ書いてましたね(w「煽りウヨ」の能書きがダブルスタンダードなら確かに萱野先生のおっしゃる「社会の変革をめざしながらも人にモラルや道徳をおしつけたり、実存の問題をとやかくいったりしないところが左翼のよさなのだ」は説得力を持つ。そこで6月19日に「学徒動員解散令」が発せられた上のマンガを見て頂きたいのですが、私には生き残った者は「殉死しろ」(サティー寡婦殉死)
と言っているようにしか見えません。これこそ正に「死者に対する冒涜」ではないでしょうか?兵隊さん達は女子供を守る為に自らの生命を賭けて戦っていたはずです

これは「自分と付き合った女はたとえ別れても永久に自分の事を愛し続ける」などと勘違いしている単細胞マッチョな思考と軌を一にしていると思われます。リアルな女性のしたたかさを理解しないバーチャルな思考法ですね。そのバーチャルな思考法が作画にも影響を及ぼして、ものの見事に醜悪な二重アゴが消え去っていますよ(爆w

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■ようやく本題に入りますが「わしズム ダライ・ラマ14世に異議あり」も小林よしのり特有のバーチャルな思考法でB層ネトウヨを焚き付けています。ダライ・ラマの「非暴力」
と「平和」
にケチをつけて「聖火ランナーに対する妨害は暴力」ではないし、「チベットの独立を求めるチベット人がいる」と煽りに煽る訳ですが、現実的に考えてダライ・ラマが「チベットの現実を世界に知ってもらう為に聖火ランナーをもっと妨害しよう」とか「自治じゃダメだ!チベットの独立を求める」と宣言したら何か事態が好転するんでしょうか?無責任にも程があります!公私が分裂し自己規律もままならないマンガ家風情が政教一致の最高指導者に異議を申し立てるとは笑止千万!
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■ダライ・ラマの理想と現実の一体化したアジテーションを聞いて下さい
「この仕事を平和的な手段を通してやり遂げようとすれば、何十年、おそらくはさらに何世代もかかり得るでしょう。私たちは断固たる態度で、しかし辛抱強くあらねばなりません。もし私たちがこの仕事に成功すれば、私たちはほんとに世界の文化に貢献できるのです。つまり、もし力のないチベットが、非暴力の手段だけで圧倒的な力を誇る共産中国に勝利し得たならば、人々は非暴力の威力を知ることができるのですから。それは他の国々にとって、モデルとしての役割を果たし、さらには、ほかの国々を勇気づけて、彼らにも非暴力の手段を採用させることができるのです。仮に私たちが暴力を用いて勝利したとしても、私たちの手に入るすべてはただの一片の土地にすぎないのです。そんなことをしては、私たちが希求し憧れるチベットは永遠に失われるでしょう」   ■上田紀行研究室
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by beautiful_japan | 2008-08-07 23:54 | 宗教 vs グローバル化