絶望は愚者の選択


by beautiful_japan
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カテゴリ:雑談 ライフログ( 158 )

■ 空・All As One ■

■07/27 巣塔のひなにハヤブサ急襲 
豊岡市百合地の人工巣塔(高さ12.5メートル)で育つコウノトリのひなに27日午後7時ごろ、突然の“試練”が降りかかった。親鳥が離れて一羽のときに、ハヤブサが接近。猛スピードで巣の周囲を飛び回り、繰り返し攻撃を仕掛けたが、ひなは立ち上がって立ち向かう姿勢を見せた。

県立コウノトリの郷公園によると、ひながまだ幼いときにカラスなどに狙われたことはあるが、いつも親鳥が撃退。一羽のときに外敵に襲われたのは、観察している範囲では初めてという。

ハヤブサはカラスに威嚇されたこともあり、数分後に飛び去った。一部始終を目撃した同公園の佐藤稔主任飼育員は「追いかけて巣立ちしてくれるかと期待したが…。しかし、たくましくなりましたね」と話していた。(上杉順子)

・ハヤブサの来襲に身をかがめてやり過ごすコウノトリのひな(watch

■07/28 46年ぶり巣立ちが秒読み 
兵庫県豊岡市で誕生した国の特別天然記念物・コウノトリのヒナが28日、人工巣塔(高さ12.5メートル)から約3メートル舞い上がった。空中で滑空姿勢をとるなど、国内の自然界で46年ぶりの巣立ちは秒読み段階に入った。

今月中ごろからヒナは1〜2メートルほど跳躍していたが、この日午後1時過ぎ、風を受けて羽を広げ、大きく飛び上がった。約2時間後には約1メートルの高さで羽ばたくと両脚を体の後ろに伸ばした。

巣塔周辺に集まった約200人からは「巣立った」という歓声が上がったが、巣に着地するとため息に。県立コウノトリの郷(さと)公園の池田啓研究部長は「やっと飛び方が分かったのでは。あとはタイミングの問題」と話していた。

・巣と平行に風に乗り、巣立ち間近を感じさせるコウノトリのヒナ(watch

■07/31 コウノトリ 46年ぶり巣立つ 
兵庫県豊岡市で、43年ぶりに自然ふ化で生まれた国の特別天然記念物・コウノトリが31日、同市百合地の人工巣塔(高さ12.5メートル)から初めて大空に舞った。5月20日のふ化確認から73日目。自然界でのコウノトリの巣立ちは1961年、福井県小浜市で確認されて以来46年ぶりとなる。

昨年9月、県立コウノトリの郷(さと)公園が放鳥して、つがいになった7歳雄と9歳雌が産んだ3個の卵のうちの1個がふ化していた。午後2時16分、南東方向に飛び立ち巣塔の周りを旋回。約4分間悠然と空を舞った後、約1キロ離れた田んぼに降りた。

7月に入って親鳥が巣から離れることが多くなり、中旬以降は巣の上で1メートル近いジャンプを繰り返し、羽ばたきを見せたが、なかなか巣立たないため、関係者をやきもきさせていた。


私は「神秘主義者」なので全ての物事には「意味」があると思っています。逆に言えば「神」は「意味」のないモノなど造らないのです。「全てのモノは縁起しており空である」という般若心経の「縁起」こそ「神」そのものではないでしょうか。もちろんそれは人格神としての「神様・仏様」ではなく「究極の実在・存在の基底」で在るところの「神」です。頭の固い人達に多少譲歩すればアインシュタイン的な「汎神論」でもかまいません。しかし、「キリスト教原理主義者」への牽制を加味してもドーキンスの「神は妄想である—宗教との決別」は誤謬を犯していると思います。

話を元に戻しますが選挙当日の天気にも私は「意味」を付加させたいと思います。それは決して「気象は、米軍がコントロールできる」でもなければ「神風を奇跡的に吹かした」のでもなく「インターネットよりインナーネット」で取り上げた【共通感覚をキックする感性や話題や出来事が「自己と他者」の新たな動向をつくっていくはずであるからだ。しかし、その方法には「負」も必要だ】の「負の側面」です。

私は「悪天候でも投票しに行く」という意志を「天」が試したと、穿った見方をしたいのです。「神は自ら助くる者を助く」であって、「希望は戦争」ではないと言う事です。ロスト・ジェネレーションも「負の側面」により覚醒した者達と始めから存在していない
終りなき日常」の幻想の中で生きようとする者達の二極化が始まっています。

そして何よりも平和運動の先駆者である小田実先生が安倍政権に審判が下ったのを見届けて亡くなった事を忘れてはなりません。それを単なる「偶然」と見過ごすのか「シンクロニシティ」と捕えるのかで、世界は全く別の様相を呈するはずです。

私は「イシス編集学校」の受講生ではありませんし、勝手に松岡正剛師と呼んでいるだけで面識はおろか街でお見かけした事すらありません。私が心底疲れ切っていた正にその時
幼ごころと物語」の星の話を目にして「癒された」という自分が忌み嫌っていた言葉を使いたくなるほど魂が震えました。

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by beautiful_japan | 2007-07-31 23:55 | 雑談 ライフログ
すいません!ついこの間「虚々実々の陰謀論より足下を見据えないとね」と自戒しておきながら、もう陰謀論始める鶏脳です。まあ上からの流れで仕方ないんで許して下さい。

と言っても解説するつもりはありませんので御自身で判断して下さい。ただ最後の「Fuck!」は二重の意味があるとだけ言っておきます。


■『2001年宇宙の旅』プレスシートより抜粋
「私はどんな記者にも、観客に対しても、自分の映画を優しく噛み砕いて説明するつもりはない」(スタンリー・キューブリック)

■アイズ・ワイド・シャットの意味 
知り合いの帰国子女に意味を尋ねたところ「強引に訳すと“大きく閉じた目”というような意味」「見たいけれど見てはいけない気持ちを表していると聞いたことがある」と教えられた。

■Amazonの商品説明 
・スタンリー・キューブリック監督が最後の作品で挑んだ多くの事柄。それは性的な精神世界への旅立ちである。(リチャード・シッケル/タイム)
・巨匠スタンリー・キューブリック監督の遺作となった。彼が最後に選んだテーマは、ごく普通の夫婦の性の問題だった。(山内拓哉/Amazon.co.jp)

■アイズ・ワイド・シャット Wikipedia
この作品が自分の最高傑作だ」---スタンリー・キューブリックが自らそう語った「アイズ・ワイド・シャット」が、ついに公開される。撮影に18か月、編集に約1年をかけたこの作品は、「フルメタル・ジャケット」以来12年ぶりの新作。完成直後の99年3月7日、キューブリックはイギリスで死去した。

撮影・編集は異常なまでの秘密主義で進められ、99年3月2日、キューブリック死去のわずか5日前にニューヨークで行われた初試写を見たのはクルーズとキッドマン、そしてワーナー・ブラザースの2人の会長テリー・セメルとロバート・ディリーの4人のみ。映写技師もフィルムを セッティングした後は映写室を出されるという極秘試写だったという。

脚本執筆に際しての様々なエピソードは、キューブリックの死後共同執筆者のフレデリック・ラファエル(『ダーリング』などで知られる)によって『EYES WIDE OPEN』という書籍にまとめられ刊行されたたが、キューブリック夫人に「著しく事実と異なる」として出版差し止めを申請された。

キューブリックは同作品について、キューブリックの死の2週間前にリー・アーメイとの電話での会話で「同作品は駄作だ」と語った。理由として、配役をビックスターである「トム・クルーズ」と「ニコール・キッドマン」を起用したものの上手くコントロール出来なかったためだとリー・アーメイは語った。↓


■パスワード「Fidelio」
The password "fidelio" that Cruise’s character uses to gain entrance to the orgy comes from the Latin word "fidelis," meaning "faithful."

■faith・ful excite英和辞典
1a 忠実な,信義に厚い,誠実な; 〈夫・妻が〉貞節な.→ b +to+(代)名〔…に〕忠実で,誠実で; 〈夫・妻が〉〔相手に〕貞節で.→
2 事実どおりの,原本に忠実な,正確な.→
3 [the 〜; 名詞的に; 複数扱い] a 忠実な信者たち. b 忠実な支持者たち,忠実な会員.

■謎の「自殺」
1997年12月20日、写真週刊誌「フラッシュ」により不倫疑惑が取り沙汰されたことに対して「死をもって潔白を証明する」との遺書を残し、伊丹プロダクションのある東京麻布のマンションから投身自殺を遂げた。しかしながら、他殺とされる見解も多い。

■『突撃』 - Paths of Glory (1957)
■『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』 - Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb (1963)
■『時計じかけのオレンジ』 - A Clockwork Orange (1971)
■『フルメタル・ジャケット』 - Full Metal Jacket (1987)
■『アイズ・ワイド・シャット』 - Eyes Wide Shut (1999)
■『A.I.』 - A.I (2001)

【ピース】なぜRock'n RollがHip Hopに矮小化されSoul PowerがDeath Metalに陳腐化された?【ラブ】read


冒頭のパーティーシーンは「ヴェロニカ・フォスの憧れ」を彷佛とさせるライティングがとても印象的でした。

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by beautiful_japan | 2007-07-28 23:52 | 雑談 ライフログ
13の月の暦」の新年を迎えてスタイルを変えて誤解されてる方もいらっしゃるかと思いますが、私は「神秘主義者」ですけど、オカルトやスピリチュアルの類の迷信には全く興味がありません。朝日新聞が読者に媚びて女性週刊誌並に「星占い」を毎日掲載してるんですが、無限に近い多様性に富んだ人生を何でたった12種類に分別出来るのか判りません。気の弱い友人は、朝のワイドショーでやってる「星占い」が悪いと気になって他のチャンネルに変えて「いい結果が出るまで心配で出かけられない」とか言うので「12種類なわけないじゃん!」と諭したところ憑き物が落ちたように「星占い」を気にしなくなりました。

それとフジロックとかの野外フェスとかも何だかなーって感じです。何で自然の懐に抱かれて、そこに在るモノを見たり聞いたりしないんでしょうか?真冬に暖房全開にして薄着でアイスクリーム食べるような退廃だと思います。暴力的な音圧で雨まで降って来るのに、そこに暮す繊細な生き物は大迷惑もいい所です。ペットボトルリサイクル衣料やらヘンプファッションを中国から輸入してロハスだエコだと唱えながら、ボッタクリの値段で売りつける子供騙しの商売もヤだ。ましてゴアやパンガンの経済格差に付け込んだ植民地主義丸出しのパーティーは最悪。タイやカンボジアで幼児買春するのと根は一緒。群集心理でバカ騒ぎしたいならメガチャーチでやってればいいのに。


○蟻はよく働くと思っていたら、たった20%の蟻だけが働いていてあとは遊んでいるらしく。そこで働く蟻ばかりを集めたら全員が働くと思ったら、やっぱり20%の蟻が働いたという。そう考えると学校の偏差値もこれでいいのかなという論理になる。
○アトリエの玄関の蟻が来客がある度にその数が減って行く。靴の下で圧死したのだろう。
○昨日はテレビの人達が15〜6人来たためにアトリエの前を遊び場(仕事場?)にしている蟻が沢山踏み殺された。顔見知りの蟻も犠牲者になったに違いない。こういう蟻の蟻犠牲者は毎日相当数出ているはずだ。
○昨日あんなに一万匹もいた蟻が今日は一匹もいなくなった。最後の一匹が消える瞬間(その場所)を見たかった。昨夜7時過ぎ、暗くなってもまだ行列を作っていたのに、一体何が昨夜のうちに起こったのだろう。昼には一匹もいなかった蟻が夕方(7時)になると再び何千匹(実際は一万匹はいそう)が大行列を作った。蟻のやることがわからないので「蟻の生活」という本を買って来た。謎を解くためだ。(read


 

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by beautiful_japan | 2007-07-28 23:52 | 雑談 ライフログ
おとといは関東地方は梅雨明け(してないという説もありますが)、そして昨日(25日)は13の月の暦でいうところの「時間をはすした日」、そして今日(26日)からは同じく13の月の暦でいう新年ということで、季節も時間間隔もぐっと大きく動いた感じじゃないかと思うのですが、いかがおすごしですか。何だかここしばらくのなかなかな抜けそうで抜けない感じからようやく脱出したような気がしてきましたよね。

ちなみに13の月の新年ですが、今日からの一年は「白い月の魔法使い」の年ということで、キーワードは「挑戦を極性化する、永遠、魅惑する」です。どんな年にしましょうかね。(read


13の月の暦」の存在を知ってはいましたが、特に意識していないので「昨日」が「新年」そして「一昨日」が「時間をはずした日」だなんて全く知りませんでした。今それを知って「昨日」「一昨日」の自分の動きは自然にその流れに沿っていたんだなあ、と朝から一人で悦に入ってました。

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by beautiful_japan | 2007-07-27 07:26 | 雑談 ライフログ
ドロドロなニュースの端から端まで目を通すのも「震災直前の株価の急騰は地震兵器?」みたいな話を聞かされるのも、もうお腹一杯。それを言うなら「精度の高い地震予知」が確立されている可能性に触れるのが「検証」って言うもんでしょ?仮に極秘裏に地震兵器が開発されてたとして、それを知っても手も足も出ずに気が滅入るだけのような気がする。「虚々実々の陰謀論より足下を見据えないとね」と自戒を込めて思うのでした。

そんな気分の私を和ませてくれたニュースがこれ

これです。

そして今日の締めは これ
「たとえばたった今、夜空に星を見たとします。でもその星の光は何億光年もかかって、今やっと地球にいるぼくの目に届いたものです。つまり宇宙というのは大過去です。仮にその星たちが地球にうんと近づいてきたとしても、ぼくが見ているのは5億年前、3億年前、1500万年前、あるいは500年前の光というふうに、つねに過去のものですね。たとえ手の届くところまで星の光が近づいてきたとしても、ぼくが見る光はほんのわずか過去のものである。つまり、今生まれたばかりの星の光を、ぼくは同時に見ることはできない。

だとしたら、自分が同時代的に何かを体験したかどうかということに、いったいどんな意味があるのか。それよりも宇宙の大過去から「今」という時間までの連続性を体験しているのだと考えたほうがいいのではないか。自分の記憶や思考や表現には、そのような大過去すらもがかかわっていると思うべきではないか


そんな時にかかってた曲はSuper Bad、思わずイスから立ち上がって踊りましたよ♪

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by beautiful_japan | 2007-07-25 23:55 | 雑談 ライフログ
充電完了!自然に触れて五感六感それ以上の放電・充電して来ました。私たちは決して金融システムの「マトリックス」の中で生きている訳ではありません。ソーラーシステム(太陽系)の中で「水の惑星」に生かされているんです。歩いていると徒労感に襲われる「クリックして出来た」無味乾燥な街ばかりが増殖して、「どんな隙間にも情報が突き刺さっていたあの時代」の「人が歩く速度で暮らせる町」は絶滅寸前です。そんな「クリックして出来た街」のタイルの隙間から太陽に向かって夏草が顔を覗かせていると心が弾みます。だからタ・プローム遺跡が崩壊して行くのがいい。


オゾン層の破壊もあって「日光浴」は忌み嫌われるようになっちゃったけど、必要な
ビタミンD」の90パーセント以上は、太陽の紫外線B波のエネルギーを皮膚が吸収することで生成されますし、日光を浴びると視覚から縫線核に刺激が行き「セロトニン」の放出が始まって交感神経が優位になり、意識が覚醒します。皮膚癌は困るけど多少のシミやシワが出来ても陽光を感じるのは私にとって快楽の一つです。ケータイのデザインにもファッションとして経年変化を取り入れようって時代ですよ。「赤ちゃんのような素肌」な強迫観念から抜け出してみたら?


かと言ってどんより垂れ込めた灰色の梅雨空を鬱陶しいとは思いません。雲一つない青空は確かに心も晴れ晴れして気持いいけど単調でつまらない、水墨画のような複雑な濃淡と「フラクタル」が刻一刻と変化して行くのは見ていて飽きません。それに「いいお湿りですね」と言う伝統的な言葉も大切にしたいと思います。言うまでもなく私たち人間は「光合成」の恩恵に寄生して生きているからです。ダムが貯水不足にでもならない限り雨は鬱陶しいもので、気象予報士も「今日はいいお天気です」とは言っても「今日はいいお湿りですね」と口にする事はありません。「江戸しぐさ」の復権が話題になってますが、「今日はいいお湿りですね」も取り戻したい感覚の一つです。

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知ってる人は何を今さらって話なんですが是非是非このCDの1曲目を聴いてみて下さい。YouTubeにPVあるけど、この曲は自然に内からイメージが湧き上がって来るので中途半端な映像見せられても変な先入観で台無しになちゃうからリンクしませんし、捜さないで下さい。

前にも言った通り基本的に私は「歌」より「音」が好きなんですが、この曲だけは別格です。「歌」が「音」の次元まで昇華されてます。ある時、日本語が全く判らない外国人に「何て歌ってるのか意味が知りたい」と聞かれました。

私の貧弱な語学力でイマジネーションの広がりも含めて説明するのは苦行でした。けど言葉の意味が判らないのに、この曲の言霊に「何か」を感じる人には何としても歌詞の意味を伝えたい使命感にかられて数回に渡ってメールで伝える努力をしてみました。キチンと意味が伝わったのかは未だに不明ですが、そのポルトガル人はローマ字を見て日本語で口ずさんでるみたいです。

2001年にこのCDと「クローカ」が発売されて「クール・ジャパン」な21世紀に希望を持ったのはもう遠い昔の話。クローカの人はレコード番長に成り上がっちゃって興味がなくなったけど、これの1曲目は個人的な思い入れ抜きにして現時点で21世紀のベスト3に間違いなく入ると思います。それ位凄い曲です、鳥肌ものです!

アフェリエイト貼ってませんし、そもそもアマゾンで買うのもお勧めしてません。ただ単に情報量が多いからリンクしてるだけなので、あなたが私のブログを見てもしも「何か」感じたなら、だまされたと思って近くのお店で買ってみて下さい。私がお金持ちなら返金保証したい位お勧めしておきます。今日から100年間毎日更新してもこの1曲の持つ力には到底及びません。(音楽の偉力

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共通感覚とは、五感をバラバラにしないで、つねにそのいずれかを複合的に組み合わせて発揮してきた知覚のことをいう。こんなことは古来、誰もがやってきたことで、ごくふつうに考えれば、われわれが「コップに手をのばしてその水を飲む」という行為の中に完全に成立しているものである。幼児だって、コップの水を飲めるようになったときは、完璧な共通感覚を発揮できたということになる。つまり、こんなことはそれこそ“常識”なのだ。

ところが、ハンナ・アーレントが指摘したように、この共通感覚がいつしか“世界”となんの関係もない内部能力になってしまったのである。そもそもは人間が本来もっていた知覚能力だったはずなのに(幼児はそのような共感覚をもっていると想定されている)、いまやそのように感じられることを告げる能力の持ち主だけが「驚くべき日常者」だということになってしまったのだ。

自己と他者というものはつねに「場面」や「あいだ」を媒介にしてコミュニケーションをし、相互の確認をしていくものである。その「場面」や「あいだ」には、人々がついつい忘れてしまっている共通感覚が必ずや呼び覚まされる必要がある。その共通感覚をキックする感性や話題や出来事が「自己と他者」の新たな動向をつくっていくはずであるからだ。しかし、その方法には「負」も必要だ。(read

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by beautiful_japan | 2007-07-25 23:55 | 雑談 ライフログ

最近買ったCDは Cafe Del Mar だし、あえて一人好きなアーティストを挙げろと言われれば
William Orbit な私ですが、いつも James Brownr と Marvin Gaye を聴きながら更新しています。



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by beautiful_japan | 2007-07-10 23:54 | 雑談 ライフログ
六本木ヒルズの森美術館・黒川紀章先生の国立新美術館・東京ミッドタウンのサントリー美術館を六本木アートトライアングルと呼ぶそうですが、私にとって芸術と言えば上野の森に尽きます。アメ横や谷中、ちょっと足を伸ばせば秋葉原や神保町もありますし。

ライフログに公開している「ミュータント花子」の作者でもある芸術家の会田誠さんの
アートで候 会田誠・山口晃」が上野の森美術館で開かれています。六本木ヒルズのキャラクターを作った有名な方と対極の作風は一見の価値があると思います。

ちなみに「ミュータント花子」は全日本人必読のマンガです。「美しい国、日本」の教科書にして頂きたい位です。

展紐育空爆之図(にゅうようくくばくのず)←画像拡大(高橋コレクション



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by beautiful_japan | 2007-06-02 23:54 | 雑談 ライフログ