絶望は愚者の選択


by beautiful_japan
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

カテゴリ:和心 覚醒( 55 )

a0085558_1195624.jpg
Week48 Temple of Joy              Roedelius (Cluster) - Aquarello
■潜在意識はある一定のイマジネーションを得る。そのイマジネーションから、時もぬぐい去れないような不動のものとなった特殊な意識状態があらわれる。それゆえ、人間に与えられた最初の智慧の言葉、神の言葉は「我在り、我在り(soham)」だったのだ。人間は実に愚かだから、その言葉の半分しか憶えていない

「我在り、我在り」とは、「私が在るが故に私はある、私が在るというその存在故に私は在る(私は創造主のお陰でひとつの被造物・生命として存在する)」という意味だ。「我在り、我在り」『神と私はひとつであり、私と神とは一体である』これこそがその言葉が言わんとすることだ。(read

■肉体は滅んでも魂の死滅はない(read
■「人の道を誤らせる二」というあの考え(read
■「君あり、故に我あり」(read
■それぞれの意味ある断片が全体を再生する(read
■魂から分離した純粋な知性は死を意味する(read

[PR]
by beautiful_japan | 2008-06-20 00:00 | 和心 覚醒

■Timewave Zero■

a0085558_22101870.jpg
■Spectral Serpent Moon(Liberation・Dissolve・Release) Week41 Time of Bursting

■新しい赦しの国                      Basil - Time to be Free
おれは新しい言語で 新しい土地のことを語ろう
むかし赦せなかったことを 百万遍でも赦そう
老いて病を得たものには その意味がわかるだろう
未来は過去の映った鏡だ 過去とは未来の記憶に過ぎない
そしてこの宇宙とは おれが引き当てた運命なのだ

[PR]
by beautiful_japan | 2008-05-02 00:00 | 和心 覚醒
a0085558_14143941.jpg
Week39 Mind Expanding                 Flux - Expanding Universe
■春が来ると自然の草木が息吹き、開花し、あなたに語りかける。薔薇が咲きほこり、その芳しい香りにあなたは酔いしれる。そう、花は心を開く。どんなふうに心を開けばいいかをあなたに教えるために。(read
a0085558_14254770.jpg

[PR]
by beautiful_japan | 2008-04-18 00:00 | 和心 覚醒

■沈黙・Silence■

a0085558_11135411.jpg
全体なるもののエネルギーが、あなたを乗っ取っている。 あなたは乗っ取られているのだ。もはやあなたはなく、全体がある。この瞬間、沈黙があなたに浸透していくにつれて、あなたはその沈黙の意義を理解できるようになる。というのも、それはブッダが体験したのと同じ沈黙だからだ。それは同じ沈黙だ。荘子や菩提達磨や南泉が……。その沈黙の味は同じだ。時代は変わる、世界は変化しつづける。だが、沈黙の体験、その喜びは、変わらず同じままだ。それこそが頼りになる唯一のもの、けっして死ぬことのない唯一のものだ。 それこそが、あなたの実存そのものといっていい唯一のものだ。(read
[PR]
by beautiful_japan | 2008-04-16 11:12 | 和心 覚醒

■tamaso ma jyotir-gamaya■

a0085558_402714.jpg
Week34 Reaching the Source      Return to the Source - Ambient Meditations 1
■インドの宗教の歴史は「私は誰か」と問い続ける苦しい歩みだということができます。そしてインドでは宗教と同じことが、当然、哲学についてもいえるのです。それは宗教と哲学が人の経験(サーダナ)を支え導く思想体系(ダルシャナ)のなかで統一され、融合されている国において見られる通りです。インドでは、知性が魂の力より優れたものとして主導権をもつようなことはありませんでした。また知性が魂から分離して、病める西欧のように、知性と心の危険な分裂が生ずることもありませんでした。西欧では、実際、この内面的な病気を指すかのように「知性的」という言葉をつくり出しました。これは人類の思想史上きわめて珍しいことであり、あたかも知性そのものと化してしまった人間のタイプが存在し得るかのようです。

このように魂から分離した純粋な知性は、人間にとっては死を意味します。知性が自己の能力を過信して高慢な自己満足に陥ってしまったとき、知性は人間から高貴さを奪い取り、人間を没個性的で恥ずかしい低劣な生き物にしてしまいます。さらに知性は、魂が情念や直観によってすべてのものの生命に愛情をもってかかわる働きをも奪ってしまいます。また、知性はそれ自体としては生命がなく、破壊的なものであって、分裂の発端となります

しかしインドでは、知性がまったく従属的な地位にある場合が多いのです。潜在意識の世界は決して否定されたり、拒絶されたりはしません。潜在意識は「自己意識」を取り戻すために調和のとれた働きのなかで指導され、変容されていくのです。この「自己意識」つまり自己の意識はもとろん個我ではなくて大我、すなわち、すべてがそれに由来し、すべてがそれへと導かれる宇宙意識なのです。宇宙意識とは、人々の個別的などのような思考活動によっても曖昧になったり曇ったりしない、純粋で清浄な意識のことです。しかもそれは生きている個人の心の現実を構成する具体的な想念のもとになるものです。したがって、宇宙意識がなければ個人の心の働きもないでしょう。しかしまた一方では、人生経験を積んだあとでこの宇宙意識を取り戻そうとするならば、こうした個人の心が展開していくのを抑えなければなりません。(more

[PR]
by beautiful_japan | 2008-03-14 00:00 | 和心 覚醒

■諸々の考察■

a0085558_1823569.jpg
■悪行についての考察
悪人はまず言葉で騙し
安心させてから欺く
漁夫が餌で騙し
魚を殺すのを見よ
a0085558_17275694.jpg
■本性についての考察
最初から敵か味方かは
定かではない
食べ物も消化できなければ毒であり
毒も分かっていれば薬となる
a0085558_17282226.jpg
■不相応についての考察
法と不法を説く
賢者は非常に多いけれど
知って実践する人は
世の中には極めて少ない
a0085558_17285723.jpg
■行為についての考察
温和は温和を征し
温和は粗悪をも征する
温和はすべてを達成するので
温和は鋭いと賢者は言う
a0085558_17305730.jpg
■教法についての考察
智慧によって深く観察し
過ちの原因を捨てるのが瞑想である
身体の汚れを洗うように
瞑想しても永いことすると元通りになる
a0085558_1819381.jpg

■賢者・貴人・愚者・愚賢混交についての考察(read

[PR]
by beautiful_japan | 2008-01-28 23:55 | 和心 覚醒

■冒険・Adventure■

a0085558_16141246.jpg

禅は、こう言っている。真理は権威とは一切関係ない、真理は伝統とは一切関係ない、真理は過去とは一切関係ない。真理とは革新的な、個人的な悟りだ、と。あなたはそれに到達しなければならない。

智慧は確実なものだ。個人的な『智』の探求は、危険を伴う非常に、非常に不確かなものだ。それを保証することは誰にもできない。もし、保証出来ることが何かあるのかと聞かれたら、私は何ひとつ保証できないと言うしかない。私には危険しか保証できない。それだけは確かだ。道に迷ってしまい、決して真理には行き着かないかもしれないという、そのあらゆる可能性をともなった長い道程しか保証で出来ない。だが、ひとつのことは確かだ。探求そのものが、あなたの成長を助けてくれる。

私には、成長しか保証できない。そこには危険があるだろう、犠牲があるだろう。あなたは毎日、未知なるものの中へと、地図に描かれていないものの中へと進んでいくことになる。辿る地図もなく、従う導師もいない。その通りだ、数限りない危険があり、あなたは道に迷い、自分を見失ってしまうこともありうる。だが、人はそうやって成長するしかないのだ。不確実だということが、成長するための唯一の道だ。危険に直面することが、成長するための唯一の道だ。未知なるものの挑戦を受け入れることが、成長するための唯一の道なのだ。(more

[PR]
by beautiful_japan | 2008-01-11 23:59 | 和心 覚醒

■Adventure・冒険■

a0085558_16141246.jpg

ほんとうに冒険心に満ちあふれていると、私たちはまさにこの子どものように進んでいきます。信頼に満ち、森の暗闇を抜けて虹の光のなかへと、驚きの感覚に引かれて一歩一歩、未知なるもののなかへと入って行きます。ほんとうの冒険は計画や地図やプログラムや組織とはまったく関係ありません。「虹のペイジ」は、家でもオフィスでも、大自然のなかでも都市のなかでも、創造的なプロジェクトでもほかの人たちとの関係でも、どこであろうとも私たちのところに訪れることのできる、ある質を表わしています。私たちが子どものもつ信頼のスピリットで、無垢なまま、心を開いて、 感受性豊かに、新しい、そして未知なるものへと入っていくときはいつも、生のもっとも小さなことですら最大の冒険になりえます。(read

[PR]
by beautiful_japan | 2008-01-01 23:59 | 和心 覚醒

■パソコンが気持良く使えて気分がいい♪て言うかあまりにも快適過ぎて逆に違和感すら覚える。。て言う程に人間は適応力があるもんなのだ。だから「一度いい生活しちゃうと生活を落とす事は出来ない」とか言う強迫観念には惑わされないように。人差し指の先端もトカ
ゲのシッポ並の回復力で再生しつつあるけど赤身まで達してたのでタイピングは辛い。けど手首と肩の方は痛みはあるけど、少しづつ動くようになって来たので久し振りにきっちりヨーガをやってみた。これだけ間が開いちゃうとどうしても初期化は免れない。他のは短期間で復旧するんだけど開脚は初期化しちゃうと殆ど一から始めるのと変わらなくなちゃって色んな意味で痛い。まあでもこの痛みが刺激になってやる気が出るんだけど(笑)

問題は痛みじゃなくて時間。朝、目が覚めてヨーガ一通りやってシャワー浴びて汗を流し終るまでに5時間かかる。。で朝食の支度もきっちりやると、ヌカ漬けの入れ替えやら味噌汁の出汁やらで食べ終るまでに3時間かかる。。朝5時に起きてももう午後一時だ。だけど使ってなかった身体の細部が活性化して神経から脳へと心地良い刺激が伝わり心身が一体化する。そのままの瞑想状態で丁寧に食事を作るのはとてもいい流れだと思う。伝統的な朝食はすっごく美味しいし♪お昼に食べてるんだけどね。

[PR]
by beautiful_japan | 2007-11-20 20:20 | 和心 覚醒

■阪神大震災を目の当たりにして持ち物は極力少なくしようと心に誓い、一時は部屋の中でも寝袋で眠っていた私ですがCDと本の増殖だけはどうしても抑えられません。部屋は広くないし、本やCDを部屋の中に所狭しと並べる趣味はないので旬のモノ以外は段ボール箱に入れて片付けてしまいます。CDはiTunesと言う素晴らしい発明のお陰で簡単に探し出せますが、本は探し出すのが大変です。(誰かiBook発明して下さい)

しかも先日の通過儀礼に続いて、厚化粧を落とした開放感で勢いよくキャベツを千切りにしてたら右手の人指し指までスライスして両手が不自由!何かを得る為には何かを失わないとダメって事ですかね?やっぱり。そんな訳で積み重なった段ボール箱から本を引っ張り出して来るのが大変!

私はヒンドゥー神秘主義ヲタなので「インド」と名のつく本を見かけたら必ずチェックする事にしています。とは言え玉石混淆でほとんどハズレなんですが、三省堂本店のピッコロの前に中公新書ラクレの棚があった頃、何か他の本を探してる時に偶然見つけたこの本
は当たりでした。


■出口のない時代
私が大学に入学したのは1994年である。翌年、オウム真理教の地下鉄サリン事件が起った。現代社会のあり方に疑問をもち、自己の存在のあり方を懸命に問う若者たちがあのような凄惨な事件を起した。

一方で、社会学者の宮台真司は、彼らの一世代下の私たちを「まったり世代」と称して賞賛した。生きる意味など問わず、その時々の楽しさという「強度」を求めて「終りなき日常」を生きていゆく。それこそが成熟した近代社会の生き方である。そう彼は主張していた。「なるほど」と正直思った。しかし強烈な違和感も同時におぼえた。「信仰があるからこそ、終りなき日常を生きてゆけるのではないか?」(=コミュニケーションを通じた承認の問題)そう思った。

また、同時に保守派による戦後民主主義批判が大きな流れになっていた。その議論に、私は強くひかれた。しかし、彼らが振りかざす「公の精神」という概念に強い疑問を感じた。「結局のところ公と私を二分化する近代主義者なのではないか?」と思った。小林よしのりは「戦争論」や「ゴーマニズム宣言」などの一連の著作の中で「公」の精神の重要性を強く説いている。そして一方で「私」の領域では非常にふしだらな行為を行っていることを激白している。公の領域では立派な日本人を演じる反面 、私の領域においては何をやってもよい。

これを読んですぐにマックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の最後のくだりを思い出した。ウェーバーは、世俗化し合理性や効率性のみを追求する近代社会が「精神なき専門人」と「心情なき享楽人」という二分的な人間を作り上げてしまったことに、強い警告を発していた。「信仰を失った保守主義者は単なる近代主義者なのではないか?」と強く思った。

私には現代日本社会の出口が全く見えなかった。私は日本社会が歴史的に蓄積してきた宗教的伝統を見つめなおしたかった。しかし、そのような意識は、ともすると信仰なき近代的保守主義者のイデオロギー的なナショナリズムに回収されてしまう。かといってカルト的な宗教には惹かれない。ポストモダニズムは「脱構築」を目指すばかりで、あるべき価値を語ろうとしない。価値を語ることの権力性ばかりを強調する。うんざりである。

私は悶えていた。


■これを読んで、2ちゃん語で言えば「よう俺!」と思いました。専門的な教育を受け今は大学院で教鞭を取られている准教授に、高校を4年かかって卒業し水商売のアルバイト以外これといった職歴もないヒキコモリの私が言うのもおこがましい話なんですが(ネット革命!)「昔話は建設的でない」と萱野先生がおっしゃってたし、ドッグイヤーな三ヵ月前とは状況もかなり違うので思う所は色々あるけどここはサラッと流しておきます。

とは言えこの機会に宮台先生に一言申し上ておきたいですな。三省堂本店で先生のサイン入りのこの本買いましたけど、何ですか!この本は?どう考えても詐偽でしょ?この本は!批評読んでこりゃ面白そうだ♪と思って映画見て何度ガッカリさせられた事か。。映画より面白い批評書いちゃイカンですぞ(w

それと期待が大きかったからなのか、中島先生のこの本には正直ガッカリさせられましたよ。同じテーマで書いたインドシロウトの人の本の方がコントラストが際立って深みがありましたね。などと皮肉の一つも言いたくなるのは宮台先生・中島先生お二方とも「グルジー」の事を「ないものをあるように言う」とか「神秘のベールで覆うな」等と批判するからです。フィールドワークだか何だか知りませんが所詮座学が基本の「観測者」ですよね?「当事者」の視点観点とは次元が別!「神秘は在る」事をお忘れなく。

ここで私の神秘体験を語っても何の信憑性もないので、お二方は先刻御承知だとは思いますが御存知ない方もおられると思うのでガイアシンフォニーラインホルト・メスナーの体験をば。


■地球交響曲第一番 もうひとつ別の次元の現実が存在する
80年8月20日、エベレストに登ったときのことです。頂上へアタックを開始してすぐ、深いクレバスに落ち、脱出するのに体力を使い切ってしまいました。濃い霧で方角もまったく判らなかった。極限の疲労感の中で雪の上に横たわっていたそのとき、突然、一人の少女が私の横に座っているのに気がつきました。話しかけると、少女ははっきりした声で答える。幻覚でも自分自身と話しるのでもなかったのです。私はなんでも少女に相談しました。もし彼女がいなかったら、あの遠征は失敗に終わっていたでしょう。

目にみえている世界だけがこの世のすべてではないということを、ヨーロッパではなかなか理解しようとしません。しかし私は、理性や五感だけでは捉えることができない、別の次元の現実が存在していると確信しています。死の地帯に体が踏み入ったとき、初めてそれが見えてくるのです。もうひとつの別の次元の現実が存在すると私が確信するようになったのは、1970年 のナンガ・パルバートの体験からでした。下山の途中、私はおよそ800メートルの崖を墜落したのです。そのとき、私は落ちてゆく自分を、上から静かに見つめているもう一人の自分がいることに気付いたのです。人間は、じつは2つの次元の中に生きている。その、一方はふだんは見えない。このことが私の人生のもっとも重要な体験になったのです。

私は山を征服したいのではありません。登れるということを証明したいのでもない。ただひたすら、私は自分を知りたかったのです。この有限の肉体を持った裸の私が、生命の存在を許さぬ死の地帯で、どこまで命の可能性を広げることができるかを知りたかったのです。だから、大きな組織や科学技術の助けを借りて山に登ることは、私にとって意味がなかったのです。

■生命力は自分の周囲に無限に存在し渦まいている
私は自分が自然の一部分であるということを強く感じています。私と水や木や草との間にはなんの区別もない。同じひとつの流れの中にあるんです。科学や医学の進歩によって、私たちは昔の人よりずっと多くのものが見えるようになった。しかし、その代償としてなにかいちばん大切なものが見えなくなっていているように思うんです。

私は他人より超人的な体力や耐久力を持っているわけではありません。ただ私は生命力を発揮する方法を他人よりよく知っていたと思います。生命力は自分が所有しているというようなものではなく、私たちの周囲に無限に存在し、渦巻いているものなんです。その生命力をスムーズに外に出してゆく。それが調和的にうまくいったとき、遠征は成功するのです。するとまた、大きな喜びとともにエネルギーが体の中に戻ってくる。人間はいわば、生命力の通り道のようなものなんです

人間は、英語で言うところの、スピリット、マインド、ボディーの3つの要素から成っていると私は思います。スピリットとは霊的な魂のこと、ボディーは肉体、マインドは理知的な心です。この3つの要素の調和がとれているのが人間の理想的な姿だと私は思います。しかし、もし肉体を疎かにすると、スピリットやマインドがいかに高くても、人間はその肉体の弱さにとらわれてしまう。人間は自分が持っているいちばん弱い要素を基準に生きざるを得ないのです

いつも死を意識しているわけではないんですが、私は死こそ生を充実させるもっとも重要な要素だと思います。誕生と死は、私たちの人生の中でけっして切り離されることなく、まるで弓の両端のように互いに強く引き合って存在しているのです。生の一瞬一瞬の内に、死がじつはリアルに存在している。そのことを知れば知るほど、逆に私たちは自分の人生を充実したものにできるのです。

■大切なのは一人一人の心の革命
科学技術の進歩を後戻りさせることはできないと私は思っています。しかし、人間が自然とのコンタクトを失わず、自然が伝えてくれるメッセージに素直に耳を傾けるなら、人間はたぶん大きな過ちを犯さないだろうと思っています。今いちばん大切なことは、国や企業を糾弾するキャンペーンよりも、一人一人の人間の心の中の革命です。それも、普通の人々の、普通の生活の中での心の変革が、じつはいちばん大切だと思います。広い意味で、地球はまだまだ大丈夫だと私は思っています。


■周囲を取り巻く無限の生命力に通じているからこそ、門司港生まれで「釣り師」のグルジーが「魚の霊」に導かれて、多くのジャーナリストが望んで誰も実現する事の出来なかった麻原の兄にインタビューする機会に恵まれたのはこの本を読めば明白です。

a0085558_2038659.jpg
Mystic Diversions - Wave A Little Light


■ギーター・サール
ギーターによって常に私は平安を得た。私が全く孤独に陥った時、周囲から絶望に囲まれた時、そして一縷の望みもそこに見出せなかった時、私はギーターに救いを求め、そして私は人生の恐ろしい試練の中でも微笑みが訪れるような、何らかの詩句をあちらこちらに見出した。私の人生は外的な苦難に満ちている。しかし、それは私自身に些かの痕跡も残していないのは、このギーターの教えのお陰である。(マハトマー・ガンディー)

[PR]
by beautiful_japan | 2007-11-03 04:05 | 和心 覚醒