絶望は愚者の選択


by beautiful_japan
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カテゴリ:和心 覚醒( 55 )


■ハッブル宇宙望遠鏡で天体観測をしている善良な研究者たちは、このすばらしい写真を「銀河のペアが『ダンスを踊る』画像」と呼んでいる。 おそらくこの写真は、性格検査のロールシャッハテストで使用される抽象的な図形と同じように、見る人によってさまざまなものが見えるのだろう。私には、銀河が月並みなワルツを踊っているというより、どちらかというと、片方の銀河がもう片方の銀河を捕まえて食べようとしているように見える。

この画像はハッブル宇宙望遠鏡が撮影した画像を合成したもので、写っているのは銀河のペア『Arp 87』だ。 この銀河を初めてカタログに加えたのは天文学者のHalton Arp氏で、1960年代に天体写真集『Arp's Atlas of Peculiar Galaxies』に掲載したという(私が是非とも手に入れなくてはいけない書籍が、また1つ増えた)。(read more

■Pete Kuzma - High & Dry feat. Bilal (Home Alone, Enjoy The Mellow Note)

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by beautiful_japan | 2007-11-02 03:04 | 和心 覚醒
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高次の意識に到達する道はひとつしかない。そこに至る旅はいろいろありえても、そこに至る道はただひとつだ。その道とは公正にして高潔に生きること、正しいいきざまのことだ。ほかに道はない。ほかの道はすべて不正でありごまかしだ。「何が来ようと、私は公正にして高潔な、この正しい生きざまを貫くぞ」と決意した瞬間、この全世界のあらゆるものがあなたのために各々ふさわしい場所に納まるのを見て、あなたはびっくりするだろう。そのわけはこうだ。「魂・魂の核」が正しく生きはじめて、宇宙のエネルギーすべてに関係し釣りあうだけの対極的エネルギーの磁場を生み出すと、世界と自分の全磁場は律動的に快調にまわりはじめるからだ。(read

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by beautiful_japan | 2007-10-31 23:59 | 和心 覚醒

■日本の孤立は自然な伝統
日本の特徴は、日本人自身に覇権(国際影響力)を持とうとする意欲が全くないことである。日本人は、覇権(国際影響力、国際貢献)について、大きな勘違いをしている。覇権とは利権(金権)であり、国家や国民を金持ちにする ための対外影響力なのだが、日本では政府にも言論界にも「日本が世界で尊敬されるよう、国際貢献しよう」といった漠然とした概念があるだけで、利権と結びつけた発想が全くない。

世界を見ると、米英仏中露など明白に覇権を気にする国々以外にも、ドイツや韓国、オーストラリアなど、覇権に対してひそやかな野心を抱く国が多い中で、日本は例外的に、覇権を希求する動きが全く存在しない。戦前の日本は野心的だったが、覇権を捨てた後の戦後の日本人は、覇権について理解する知力も失い、自分たちが覇権を求めないことの異例さも感じていない。覇権を知覚できないので、日本人は国際政治を理解できない。(これが「敗戦」の最大の意味かもしれない)

日本人に覇権を忘れさせたのは、第二次大戦終結時の英米の戦略だったのかもしれないが、日本人は、その戦略にうまく適合しすぎて、覇権のことを忘れたまま、高度経済成長とその後の先進国としての生活を楽しみ、もはや覇権なしの国家体制の方が性に合っている。

日本が覇権を求めないのは「平和主義」の具現化であり「悪い」ことではない。だが同時に日本は、アメリカがアジアの覇権を日本に渡したくても、それを拒否して、受動的な対米従属の状態だけを甘受したがっている。日本政府は、アメリカが中国に覇権を譲渡し(押しつけ)ているのを見て、対米従属が続けられなくなるので困ると思っているだろうが「その覇権、中国にやらず、俺たちによこせ」とは決して言わない。アメリカは、日本が固辞するので、仕方なく中国に覇権を委譲している。

アメリカは、北朝鮮やミャンマーの問題で、日本政府に国際指導力を発揮してほしいはずだ。日本が中国と覇を競い、日中の良きライバル関係がアジアの国際政治ダイナミズムになれば、アメリカは安心してアジアの覇権を日中に譲 渡できる。しかし、日本の決定的な野心の欠如(平和主義)が原因で、それは実現していない。どこかの国が覇権を担当しないと、世界は安定せず、平和も 維持されない。今後のアジアの覇権は、中国が持つことになる。

日本は、アジアが中国中心の覇権体制(冊封体制)にあった19世紀まで、 冊封体制にほとんど入らず、おおむね孤立に近い状態にあった。元寇を例外として、中国は特に日本を自分の覇権下に置こうとはせず、各時代の日本の政権 は、都合の良いときだけ中国に接近し、それ以外の時は中国と疎遠にして、孤立状態を享受していた。

このような伝統的な日本の状態を考えると、アメリカがアジアから撤退し、新冊封体制とも言うべき中国の覇権体制が復活していく中で、日本が中国の覇 権下に入らず、自ら孤立状態へと移行していくのは、自然なことであるとも思える。日本とは対照的に、朝鮮やミャンマーは、伝統的に冊封体制下の国であり、中国の覇権下に入るのが伝統的に自然である。

■中国・China・矛盾■(read
■【中国】ダライ・ラマがそんな勲章を与えられるなら、世界に正義や善人は存在しななくなる【共産党】(read
いつになったら西洋は東洋を理解するのか。西洋の特徴はいかに理性的に「自慢」するかであり、日本の特徴は「内省」によるものであるread


■うんざりの記憶と二元論
七、八年前、ヨハネ=パウロ二世は、キリスト教は過去に大きな過ちを繰り返してきたということを言いました。三一三年にローマ帝国のコンスタンティヌス帝とリキニウス帝が連名で発 布したミラノ勅令によってキリスト教が公認されて以降、ヨーロッパ(当初は西ローマの範域)のキリスト教化が進み、かえって社会がめちゃくちゃになりました。

十字軍が起こり、異端審問もユグノー戦争も三十年戦争も起 こりました。そうした血で血を争う経験をイヤというほどして、それで「もう二元論はイヤだ、適当にやるしかない」という形になったんですね。こうした「うんざりの記憶」を保持するヨーロッパでは、聖公会にしてもルター派にしても長老派にし ても、カトリック同様に二元論を遠ざけました。

そういう歴史を知っていると、アメリカも、二元論ゆえに社会がめちゃくちゃになる歴史的経験をしない限り、変われないのかなと思います。その点、日本人はいい。私は「安倍なんてクソだ」とか言っていたけど、憔悴しきった安倍さんを見ると「かわいそうだな」と本気で思ってしまう(笑)。こういう我 々のいい加減なメンタリティは結構重要です。

日本の保守が真性保守であるかどうかは、こうした脱二元論的な「いい加減さ」??いわばシンクレティズム的な発想??を肯定できるかどうかです。その意味では、安倍晋三も「つくる会 」も2ちゃん右翼も、戦前の蓑田胸喜と同じく二元論的で、真性保守から程遠い。二元論的な「断固・決然」で強がりたい「 マスターベーション右翼」に過ぎません。

私は映画批評の仕事もしていますが、アメリカのドキュメン タリーは極めて特殊です。マイケル・ムーアでもいいし、アル・ゴアの『不都合な真実(An Inconvenient Truth)』でもい いのですが、「みんなはアイツが悪い奴だと思っているけど、本当に悪い奴はコイツだ!」とフィンガーポインティングする作品ばかり。

要は、ブッシュ政権的プロパガンダに対する、ムーアやゴアからのカウンタープロパガンダなのです。カウンタープロパガ ンダもプロパガンダの一種です。だから、二元論的な勧善懲悪で、感情的フック(感情の釣針)とカタルシス(感情の浄化) に満ちています。ヨーロッパの教養人から見ると、「え? そ れってドキュメンタリーなの?」と感じます。

ヨーロッパの人たちはドキュメンタリーもアートだと捉えます。アート(芸術)とは初期ロマン派的な観念で、接触した後に日常を脅かされてしまうものを言う。接触した後に地面が液状 化したように感じられる作品だけが、アートです。二元論的勧善懲悪は、日常の感情的作法を延長しただけだからアートではなく、だからドキュメンタリーじゃない。  ヨーロッパのアートの伝統では、プロパガンダでもカウンタープロパガンダでもなく、アンチプロパガンダだけがドキュメンタリーです。むろん、ここで私が述べるアートかプロパガンダかという図式も二元論ですから、厳密に言えば自己矛盾の規 定不可能性に陷ります。だからそこは話半分に、日本人的に「いい加減」に聞いて下さい(笑)

■(Who's Afraid Of?) The Art Of Noise!■(read
■「自分の暮らす郷土を守ろうと思い、守るための戦略を立てられる人を育ててこそ、真の教育」と宮台真司教授(read
■高城剛氏の「180」サスティナブルからオルタナティブへ(read

■MIAU設立に寄せて
先週 MIAU(Movements for Internet Active Users、インターネット先進ユーザーの会)の設立が発表され、直後に設立発表会が開かれましたが、ネットでの反応(公式サイトやはてなブックマークから辿るのがよいでしょう)が当方が予想したよりも冷ややかに見えたのも今回の文章の契機と言えます。

もちろん好意的な反応も多いですし、これは飽くまで当方の印象の話です。それに否定的な反応であれ、それが今後の改善につながる生産的な批判であればよいのですが、名前が気に食わないとか瑣末なもの、あるいは「斜めな目線ありき」な反応には正直失望を覚えます(ハイレベルな自爆ギャグの域までくると素直に笑えるのですが)。

もっとシンプルに考えてみてはどうでしょう。

1. 違法サイトからのコンテンツダウンロード違法化への反対意見表明
2. コピーワンス及びダビング10技術の採用に対する反対意見表明
3. 著作権の保護期間延長に対する反対意見表明

以上の文章が何を意味しているか分からない人、また半数以上意見を異にする人は、残念ながらMIAU が代表するユーザの範疇を外れるでしょう。それにあたらない本文をお読みのあなたは、間違いなくMIAU のターゲットとなるアクティブなインターネットユーザです。

当方は上記三点を重要な問題だと考えますし、一人のインターネット利用者としてMIAU の方針に賛同します。

先日、ローレンス・レッシグ教授からクリエイティブ・コモンズへの寄付を求める電子メールが届きました。レッシグについては稿を改めて書く予定なので深くは触れませんが、今年の12月で5周年を迎えるクリエイティブ・コモンズの活動から彼が得たものは、決してポジティブなものばかりではなかったはずです。

設立発表会において白田秀彰氏も引き合いに出していたレッシグの言葉を今一度引用します。

もし君たちが、自分自身の自由のために戦うこともできないというのなら ……君たちはその自由に値しない

■6500作品DVDで無料配布 青空文庫が8000図書館に(read
■腐敗に立ち向かうレシッグに興味津々(read
■「顕在、潜在、双方の意識と能力が働いている中間に、莫大な才を発揮できる秘密の領域があると感じる」(read

■編集・Remix
今回、1冊分の原稿に赤入れして、あらためて思うことは、編集者とかライターという職業も、それぞれやはり得意分野があり、大きく分けると話の流れを作るのが向いている人、日本語の表現力がある人の2つに分けられるように思う。もちろん、すぐれた編集者やライターは、その双方を兼ね備えていることだが、昨今はその両方を1人の人間に望むのは非常に難しいことなのかもしれない。

■Karma・縁のネットワーク■(read
■Lovely Standards・離れの至極■(read

■ジャンプするための「カタパルト」
もちろん実証的な研究は学術的に大きな意味をもつ。けれども、実証的研究に「はまる」と、しばしば学者たちは「存在するものがすべてを意味として編制している」というチープな物語を信じるようになる。一般に、学者というものは学術情報の蓄積がある閾値を超えたところで「ワイルドでカラフルな仮説を立てる人」と「重箱の隅をつつく人」に二極化する。

それまで自分が蓄積してきた学術情報が「次のレベル」へジャンプするための「カタパルト」とみなして、それを「踏み台にして棄ててゆく」人と、それまで自分が蓄積してきた学術情報を「お宝」とみなして、それを退蔵して飾り立てる人の二種類にわかれるのである。残念ながら、90%の学者は後者である。 原理的に言えば、あらゆる学術情報は「棄てるため」にある。必死になって研究するのは、その研究成果が「実は無意味」なものであるということを確認するためなのである。

「無意味なことはできない」という人間は学者には向かない。 あまり知られていないことであるが、私たちにとって「意味のあること」の有意味性はどのように構築されているかではなく 、私たちにとって「無意味なこと」の無意味性はなぜ知的に把持され得ないのかを問うことが根源的に学術的な知性のあり方なのである。 真の知性は「存在しないもの」、私たちの意識から絶えず逃れ去ろうとするもの、知性が把持することのできないものを選択的に追う

■ 本日の太陽と月・Brother Sun, Sister Moon ■(read
■「かぐや」と別れ「おきな」「おうな」 衛星を分離■(read

■虫に、なぜ「名前」が必要なのか?
変な虫を見つけると嬉しい。その嬉しさを言葉にしようとすると、「変な虫を見つけた嬉しさ」になってしまう。これでは説明にならない。その嬉しさとは、正体が不明なものが採れたということに発している。でもそれなら、正体がわかると、その嬉しさが消えるはずである。消えると、嬉しくないわけである。でもそれをどうして も消したい。このあたりが、人間の矛盾したところである。どうだ、正体不明だろう。面白いだろう。そういって威張っていればいいのに、名前を知りたくなる。

正体不明の虫が存在することが、なんだか気に入らないわけである。名前がわかれば、その「気に入らなさ」が消える。それが行動の強い動機になる。それでわかったような気がした。虫に名前をつけるという作業の根本の動機がここにあるのではないか。(中略)

名前がわからない状態でいると、虫の形をよく記憶している。名前がつくと、忘れる。名前がつかなくたって、忘れるよ。そういう人が多いのはわかっている。でもそういう人は、言葉の世界に慣れきった人なのである。言葉の世界に浸ると、感覚の 詳細が吹き飛ぶ。名前が代用するからである。言葉と感覚はその意味で相互排除する。言葉がないと、つまり名前がないと、感覚で捉えた特徴を記憶するしかない。

だから頭の中が、口吻の隆線なのである。

■むしのこえ うたにきこえる にほんじん■(read
■人間界のことにしか結局は関心がない人が多い その人間界だって自分が生きている間だけにしか関心がない(read
■私を知りたければブログの表面だけを見てください。裏側には何もありません(read
■基本的人権はメタバースにも適用されるべきか?(read

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■ホームズ彗星(17P/Holmes)大増光…2日間で40万倍の明るさに
ペルセウス座の方向にあるホームズ彗星(すいせい)が25日までのわずか2日間で約40万倍も明るくなり、肉眼でも観測できるようになった。アウトバーストと呼ばれる現象で、彗星の核からチリやガスが一時的に吹きだし、太陽光を反射して明るく輝くらしい。今回のような大幅な増光の観測例はなく、各国の天文台などが追跡を続けている。

ホームズ彗星は太陽の周りを約7年周期で回っており、今年5月に太陽に最接近した後、少しずつ遠ざかっていた。現在の太陽からの距離は約2.4天文単位(1天文単位は約1億5000万キロ)、地球からは約1.6天文単位離れている。/23日の明るさは約17等だったが、その後急速に明るさを増し、日本時間の25日明け方には約2.9等と、約40万倍の明るさになった。放出された物質がそれほど広がっていないため、尾のような構造は見えず、恒星のように見える。

アウトバーストを起こして肉眼でも観測可能になった彗星は、73年のタットル・ジャコビニ・クレサーク彗星以来。この時は約1万倍の増光だった。ホームズ彗星も発見時の1892年に約6万倍の増光が観測されたが、翌週には急速に減光したという。/渡部潤一・国立天文台(詳細)准教授は「研究者としてこれほどの増光に立ち会える機会は一生に一度あるかないか。とても興奮している。観測を通して、現象の解明も進むかもしれない」と話している。【須田桃子

■【gter】屈折する星屑の上昇と下降【chos】 (read
■エントロピーのなかからのエピファニー■(read


■NEW COOL COLLECTIVE BIG BAND - Livereview

■あ"-疲れた!てな訳で「十三の月の歴」の
四月(Self - existing Owl Moon・FormDefineMeasure
Week14(Temple of Being)の始まりです。

一回分のエントリーの限界超えて二分割しますた(爆w その1

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by beautiful_japan | 2007-10-25 00:00 | 和心 覚醒

■儒教とは何か
これをどう感じるかは諸君に任せたい。おそらく柳田は「日本の家」のことを俎上にのせたのである。ひょっとすると、西田が家族を失って、新たな思索に入っていったことを暗示したのかもしれない。ぼくはどうかといえば、どう転んでも60年にわたって「孝
から遠のいてきたと言うしかない人生をおくってきた。むしろ、あらゆる「家」から逸脱することを選んできた。親にも妹にも、また友人にも「孝」を尽くしてこなかった。それをもって潔しとしていたようなところがあった。ところが、ところが 、である。近ごろはそうした日々を愕然たるものとして偲ぶようになったのだ。なぜだかはわからないので、今夜は「孝としての儒教」をとりあげたのである。

ついでながら、もうひとつ告白しておくと、ぼくは『論語』が苦手だった。いまもって溶けこめないでいる。ずっと「うざったかった」のだ。ところが、ところが、だ。それにもかかわらず、最近は、とくに「知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ」(雍正篇)が覆いかぶさって、困っているのだ。そうでないときは、「民に戦いを教えざるをもってす。是れ、これを棄つると謂わん」(子路篇)を考えこむようになったのだ。また 、「人が知らずして慍(うら)みず、人の己(おのれ)を知らざるを患(うれ)えず、人を知らざるを患う」がのしかかるようになったのだ

きっと、いつかは孔子を書かなくてはならないのだろう。そう、思うしかあるまい。そのときは、でも、二つの視点をもちだしたいとこっそり思っている。ひとつは「述べて作らず」(述而篇)ということ、もうひとつは「吾、老いたり。用いるあたわず」(微子篇)ということだ。

■ 空・All As One ■(read
■私はいま、「アフォーダンス」「アブダクション」という二つの見方に非常に関心をもっている(read


■森永卓郎氏が講演、「独身とネットが社会を変える、不良社員を社内に増やせ」
10月24日に開幕したイベント「IPコミュニケーション&モバイル 2007」では、獨協大学経済学部教授の森永卓郎氏が基調講演に立った。ジョークを交えながら経済やマーケットの変化をわかりやすく解説。「年収100万円台のフリーターとインター ネットが社会を変えている」と話した。森永氏は最後に「会場にいる経営者のみなさま」と呼びかけ一 つアドバイスを残した。「商品の短命化は驚くほどの速さで進んでいます。こうした時代にヒット商品を生み出せるのは変な社員なんです。以前、システム会社にいたことがあります。そのときにCOBOLで勘定系システムをこつこつ作っていた真面目な社員より、マイコンやゲームで遊んだり、データベースをいじっていた“不良社員”が活躍しています。社内に不良を増やしてください。最近は私用メールを禁じているが、絶対に間違い」と訴えた。次々にいろいろな情報を受け取り発信していく異質な不良社員こそが企業に革新をもたらすという。 (上木貴博=日経情報ストラテジー

■akira@beautiful_japan profile with photo(read
マニさんがシェフの頃行ってたお店のすぐそばに森永先生行きつけ?のショップがあるのでお見かけした事あります。(read

■真の技術移転は、文化の移転を伴う
「発展途上国の温暖化対策のために日本がすべき貢献は“技術移転”だ」という言葉を、しばしば耳にするようになった。だが、その中身がどういうものなのか、どうあるべきかは、曖昧模糊としている。2007年8月下旬、「環境・エネルギー課題解決のための賢人会議」のために訪ねたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)のパチャウリ議長も、日本の技術への大きな期待を語っていた。その中身は何なのか、インドのトヨタとデンソーで“技術移転”の一部を見ることができた。

インド訪問は今回で4度目と少ないが、1977年、1987年、1997年、そして2007年と、偶然だが10年ごとにインドを見たことなる。1977年は哲学者、梅原猛先生のお供でインドの宗教と思想を学ぶ旅だった。1987年は伝統医学“アーユルヴェーダ”の、1997年は絶滅に瀕するベンガルトラの取材が目的だった。10年ごとの訪問のたびに自動車の急増ぶりと交通事情の悪化を実感してきたが、今回、いくつかの驚きがあった。新しいきれいなクルマが増えたこと、なかでもトヨタ車が目立っていたこと、そしてこの10年間のクルマの増加と都市部の渋滞の凄まじさだ。

首都ニューデリーでは、日本の安倍首相(当時)の訪印と重なり、辛い目にあった。その警備のための交通規制で、8月22日夕刻から夜にかけて、ニューデリー市内の道路は完全に麻痺してしまったからだ。インドのドライバーは走行中に車間距離をとらず猛速度で走り、やたらにクラクションを鳴らし続ける。しかし“安倍渋滞”では、クラクションを鳴らそうと、クルマは微動だにできない状態が続いた。

そんな混沌と破綻の「インド」から、一歩、「トヨタ」の世界に足を踏み入れると、そこはまったくの別世界、「日本」だった。構内はゴミひとつない清潔さで、エキゾチックな植栽が続き、砂漠でオアシスに辿りついたような思いがしてホッとした。この工場敷地内の清潔さが醸す快感と安堵感は、2500人のインド人従業員たちが最も強く感じているに違いない。

■【七転】だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ・何と桃太郎の起源はインドにあった事が判明!【八起】(read
日本は世界最強の「戦略」を持って、日本国憲法を世界各国に「押し付け憲法」すれば良いread

■「借金は国民に、資産は新会社に」の身勝手
民営化にあたって、わたしが気にしているのは、郵便局が持っていた資産だ。例えば東京駅の前に東京中央郵便局がある。 まさに駅前1丁目という格別な不動産だ。民間の丸ビル(丸の内ビルディング)より地の利は高いといってもいい。こういう資産を郵便局は全国にたくさん持っている。しかも、それらに関しては下記の例示にあるように巨大な開発計画が目白押しである。郵便局や銀行窓口が必要としている のはこうしたビルの一階部分のごく一部であろう。郵便物などの仕分けや配送作業は、当然、もっと安い土地に移してしまえばいい。家賃が坪当たり6万円も取れるようなところで集配作業をやるのは、それこそ民営化した郵便局に相応しくない。


この土地はいったい誰のものか、考えてみるといい。言うまでもなく国民のものではないか。それを当然のように新会社は自分の所有物であるかのごとく持っていく。本来であれば、こういう駅前一丁目は国民が取り返さなくてはいけない資産だ。民営化された会社のものではない。

民営化の第一段階で持っている資産は売却して、国民に返せとわたしは言いたい。上場してキャピタルゲインで返すというのは正しいやり方ではない。売却した場所にとどまりたいというなら、民営化した会社は当然新しいオーナーに応分の不動産使用料を払うべきなのである。こうした不動産の所有権の問題 をあいまいにしたまま走り出したところを見ても民営化委員会は実に表面的な議論しかしてなかったことになる。

民営化委員会は、「それらの資産は、上場したときの価値に含まれる。上場益は国のものだから返すことになる」と言っている。だが、その論理にだまされてはいけない。そのいい例が国鉄の民営化のときにある。国鉄は駅前・駅周辺に価値の高い資産を持っていた。駅前の駐車場、空中権‥‥。「汐留や品川」の操車場なんて土地もあった。当時の国民は、そういうものを国鉄が持っていることを知らされずに、ただ「国鉄には巨額の借金がある」とばかり思い込まされていた。

そして、気がついてみれば、国鉄の借金は国民に押し付けられていて、国鉄が持っていた資産は、ちゃっかりとJRが持っていった。それで駅ビル、駅中、駅横、駅そば事業など、やりたい放題でJRは史上最高益、ときている。ところが、そのキャピタルゲインはごく一部しか国庫に戻ってこない。

なぜなら、かなりの株式は既に国民の手を放れている。国民が「実は国鉄は、駐車場や汐留などの資産を持っている」ということを知ったのは、民営化の後のことだったからである。本来であれば、国鉄が持っている借金も資産も、ちゃんと国民に返してから民営化するのが当然ではないか。あるいは、そうした新しいプロジェクトとか、空中権のような当初想定していなかった権利から生まれる富は国民に返さなくてはいけない、という一文を入れておくべきだったのである。

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■駅中の立ち食いソバの店
おれの副業の勤め先から自宅までを、東京中に張り巡らされた地下鉄をなぞるように 線で結ぶんだちょうど中間地点の駅。大した駅じゃないんだけど、 その駅にうまい立ち食いの店がある。 香ばしいアジアンテイストの香りを伴う輸入雑貨屋や、おれには縁遠いアンティークウォッチで ショーケースを輝かせる店の影、 おそらくタタミ6畳くらいのえらく手狭なスクエアに、年季の入った木製テーブルが二つ並ぶ。 のれんで仕切られたカウンターの向こうには、気の良い50代中ごろの店長が、 いつだってえくぼをつくって出迎えてくれる。

カツ丼やざる蕎麦など、立ち食いのスタンダードはきちんと抑えた上で、 オムライスやから揚げ定食なんてものまで揃えた豪華ラインナップ。 そのほとんどが、ニッケル黄銅で作られた 桐の花が描かれたコイン一枚で食えちまう。そして注文してから、10数え終わらないうちに、 とっくに鏡面性を失って曇ったステンレスのキッチンカウンターから、目当ての一品が 元気な店長の声とセットで滑り込んでくるのだ。

中でも天ぷらそばがおススメで、 つなぎに山芋を多く使ってる蕎麦は、 コシも強くて喉越しもなかなか。デカイ海老の天ぷらもついてたったの 320円だからびっくりだ。 何より舌がにぶいおれには、ダシの味がしっかりしてるのが嬉しい。 東北の味付けは喫煙者にやさしいのだ。

そんな店だけど、いつも狭い厨房の奥で、店長が上げた蕎麦に、せかせかと わかめや刻みネギをトッピングしたり、 カレーライスに福神漬けを乗せたりしていた40代半ばのおばちゃんがいた。 彼女はいつも奥で作業してるから、 直接目を見て話すことは出来なかったけど、こんなに安くてうまい蕎麦を出してくれる 店だし、おれはいつもなるべく店の奥まで届くように「ご馳走様でした」と言っていた。 そうすると彼女は「特ダシうどん」に、自慢の巨大オアゲを扇状に広げながら 「またどうぞ」と返してくれたんだ。 他人に心を添わせるのはいつだって気分が良い

ところが先週久々に寄ると、 彼女は居なかった。 かわりに日本語が話せないアジア系の若い女性が、なれない手つきでカレーを 煮込んでいた。 太陽が赤みを帯びる直前で、まだおれ以外に客はいなかったので、 顔なじみの店長に、おばちゃんは休み? と聞いてみた。するとはじめて店長の頬からえくぼが消えた。 目は笑っているが、口元は厳しい。聞かなきゃよかったと思ったけど、もう遅い。 記者の職業病は、何でも聞いてしまうことじゃなく、それによって他人の事情を背負うこと。 冷酷になれないおれは、 きっと永久に一山いくらの三流なんだろう。

「彼女は8年間ずっと一緒にやってきたけど、 賃料や材料費がどんどん上がってるでしょ。立ち食いだけに値段はそんなに上げられないし、 彼女の給料を払いきれなかったんだ。」それでも店の儲けをギリギリにして 彼女に払っていたことを付け加えてくれた。 勿論そんなことは言わなくてもわかっている。好景気の象徴として政府がしきりに持ち出す 地価高騰と物価上昇。 給与と消費が連動していなけりゃ、多くの国民にとっては地獄に過ぎない。 (当然、資本家や、それらから献金を貰う政府にとっては笑いが止まらないんだけどね。)

安値競争を余儀なくされる店舗の店長とパートのおばちゃんは、現代日本の典型例。 安い時給でつくしてくれる日本人さえ雇えなくなって、変わりに更に時給の安い中国人留学生を使う。 最低で徹底的な悪循環がそこにある。相変わらず天ぷら蕎麦がうまいのが、 余計に悲しかった

■定食日本(read
■Beat the System・構造的に作られた格差社会■(read

■コードネーム「BX」−日本上陸
アルルの男・ヒロシです。今朝の「産経新聞」に出ていた記事です。 NYSEのティッカーネーム「BX」、ブラックストーンが日本上陸するようだ。

ブラックストーンは、NYウォール街の「新帝王」の称号をこの2月に授けられた、イエール大学スカル・アンド・ボーンズ出身のスティーブン・シュワルツマンが創業した投資ファンドだ。名誉会長には、同じリーマン・ブラザーズで働いていたときの会長のピーター・ピーターソンを迎えており、その点でデヴィッド・ロックフェラーの人脈に繋がり、さらに欧州のジェイコブ・ロスチャイルド、カナダの元首相ブライアン・マルルーニーをアドバイザリー・ボードに迎える大型ファンドだ。今年には中国政府からの出資を受け入れたほか、巨大保険会社AIGとも提携している。既に書いたように、BXは、以下の欧米企業と提携したおり、情報ネットワークは強い。

ブラックストーンからスピンアウトしたヘッジファンドにブラック・ロックがある。そのBXが上陸するのは、皇居脇にあるAIGビルディングだそうだ。→→→皇居の周りはブルームバーグなど軒並み外資に進駐されてしまっている←←←既にカーライル、KKRは日本に事務所を構えている。

■ アイズ ワイド シャット・Eyes Wide Shut ■(read
■中国国家外匯投資公司ブラックストーンIPOで日銭615億円稼ぐ ブラックストーン経営者3人で年収870億円(read

■田中康夫代表からの激励メール - 防衛省不正疑惑を追及せよ
昨日、新党日本の田中康夫代表からメールが届き、防衛省の不正疑惑追及の記事について激励と助言を頂戴した。代表は以前からブログをご覧になられていると言う。これは私にとっては大きなニュースで、感動と緊張の両方が錯綜して、公開の記事の中でどう気持ちを表現すればよいのか戸惑う。メールをもらった事実を書くべきかどうか少し躊躇ったが、私の中ではこれは慶事であるから、素直に喜んで公表することにした。何と言っても彼のメディア批評は昔から抜群のセンスがあり、多忙な中で彼が関心を持って読んだり見たりしている情報(コンテンツ)は見逃せないものが多く、それに対する批評には立ち止まって目を通さざるを得ない。簡単に無視できない。先日の『フラガール』もそうだった。田中康夫のメッセージは常に気になる。中身も表現も気になる。そういう批評家は今の日本では少ない。

ブログのパースペクティブを広げること。誰かがそれをやらなきゃいけない。それと、この機会に併せてブログの読者にご紹介しておきたいが、あの「華麗なる内閣」の記事を上げた直後、天木直人氏のご子息から熱いメールを頂戴した。私にとっては大きな事件だった。お父上から「あの記事を見たか」と言われてお読みになられたということだった。そのメールが本当に感動的な文章で、読みながら胸が詰まってどうしようもなかった。よいご子息をお持ちでお父上は幸せである。よいお父上をお持ちでご子息は幸せである。必ず、必ず、この国の外務大臣になっていただく。諸外国のメディアに「ミスター9」のニックネームで呼ばせる。

■世に倦む日日のthessalonike4 氏へ■(read
■マクロが「武力の行使は国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する」ならミクロは?天木直人先生(read
Wake Up And Make Love With Me・なぜならば「第三のチャンス」はもはや存在しないからである■(read

その2へ続く

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by beautiful_japan | 2007-10-25 00:00 | 和心 覚醒
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天木先生、もしかしてサキャ・パンディタ格言のコピペの事?アレはたまたま検索したら出て来たのでそのまんま貼っただけ。自分でもこりゃ傲慢と誤解されるなとは思ったけど、まっいっか!と軽いノリでついうpしてしまいました。てへっ♪
私も基本的に「誰でも見られる公開情報」を適当にコピペしてストリート感覚のドギツイ色に塗ってるだけなんで。まあ言ってみればファクトリー様式とでもいいましょうか?
私を知りたければブログの表面だけを見てください。裏側には何もありません」て事で!

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■賢者についての考察
賢者は格言を理解するが
愚者はそのかぎりではない。
太陽の光が現れると
フクロウは盲目となる。

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■貴人についての考察
人は偉大な人の欠点を探すが
劣った人の欠点は探さない。
宝石の傷は探しても
燃え木の傷を探す人などいない。

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■愚者についての考察
愚者の前では賢者より
猿回しの方が喜ばれる。
猿回しは食べ物とお金を受け取るが
賢者は手ぶらで去って行く。

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■愚賢混交についての考察
劣った者は財産があっても
落ちぶれた良家の者に威圧される。
飢えた虎の叫び声で
猿は木の頂きから落ちる。

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それとOrbは私的には傷だらけの人生より懐メロだった。もう聴き飽きてお腹一杯の音、しかも21世紀風味のノイズがトッピングしてあって全然和めない。ノイズがリアルな時代なんだろうけど現実がノイジーなんだから音楽にはハーモニーを求めたい。でもこのノイズはいい!私の中では西のWilliam Orbit 東のCalm

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Calm - Orange Sunset: Street Noise 3

写真は全て本日撮影

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by beautiful_japan | 2007-09-21 21:21 | 和心 覚醒

■I'll Be Your Mirror■

余計な毒気に当てられた夏の邪気を払う為に昨夜から丸一日「断食」した。水飲むだけでほぼ24時間ゴロゴロしながら過ごす。意識が胃袋中心に回り始めて常に空腹感に苛まれる。ヨーガまでいかないストレッチ程度の緊張感を身体に与えて意識を拡散させる。それでも緊張を解くとすぐに胃袋に支配されてしまうのは仕方がない。まあ正直言って苦しいけどこの程度の痛みに耐えられなくて「ジャイナ教」は全う出来ない。自己流で最高三日まで我慢した事あるけど目は霞むし身体動かすのも億劫になって来るし頭も回らなくなって来たので止めた。だからこの程度は何て事はないんだけどそれでもやっぱり苦しいモノは苦しいし。体重が3キロ弱落ちたけど食べれば元に戻るのは言うまでもない。て言うかリバウンドしないように気をつけないとイカンな食欲の秋だし。


神に受け入れられたいなら、あなたの行為は高貴なものでなければならない。そして高貴な意思がないかぎり、あなたの行為も高貴にはなりえない。もし誰かを殺したかったら、まずあなた自身の感情を殺さなければならない。もし何かを奪いたかったら、まずあなた自身の自尊心を奪うことだread

■Velvet Underground - I'll Be Your Mirror (lyric

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by beautiful_japan | 2007-09-14 23:54 | 和心 覚醒

■Peace・平和・9999■

1. King Crimson - Peace/A Beginning(In The Wake Of Poseidon
2. Star Children - Prayer For Peace(Earth Dance
3. One World feat.Miri Ben-Ari - Peace In The Middle East (Organ b. SUITE No2)
4. BT - Love, Peace And Grease(Escm
5. Gil Scott-Heron - Peace Go With You Brother (Findomestic Jazz Experience Vol.2)
6. Hyldgaard, So¨ren - Piano Peace(Flying Dreams
7. Maxi Priest - Peace Throughout The World(Bonafide
8. OM - Peace Of Mind(Instant Enlightenment
9. Love, Peace & Trance- Hasu Kriya(LOVE PEACE&TRANCE

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by beautiful_japan | 2007-09-09 09:09 | 和心 覚醒
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■虫の世界は、音に満ちている その1■ 08/08 
悪いことに、標本を見ていると、あれこれ、わかることがある。これには際限がない。ゾウムシの頭を走査電子顕微鏡で見ていたら、大顎の関節が見えてしまった。なんと、関節がデコボコしている。関節面に細かい突起がたくさん並んでいる。

私は脊椎動物の解剖をやっていた。だから関節面は平滑だと思い込んでいた。とんでもない。昆虫の関節は、見慣れた脊椎動物のものとは、まったく違う。たとえば頭と胸の間の関節を見てみると、表面が網の目状になっている。

昨年の秋に、たまたま島根の福井修二さんが来て、アリヅカムシ(体長1ミリ少々のとても小さな甲虫の仲間。アリやシロアリの巣などに住んでいる種がいるため、この名前がついた。なにせ小さいので観察には走査電子顕微鏡が必須)の 標本を持ってきた。アリヅカムシの腹に突起があって、後胸腹板にはまるようになっている。その突起の表面は関節面のはずだが、なんとヤスリ状である。こりゃ発音器だよ。思わずそう叫んでしまった。

でもアリヅカムシが特別に発音器を持っているわけではなかろう。どこを見たって、いうなれば発音器だらけなのである。セミやコオロギのように、鳴く虫というのがあると思っていたが、それは短見でしかなかった。人間の可聴域の音を出す虫が鳴く虫と呼ばれるだけであって、すべての虫は鳴くのである。鳴くに違いない。

カミキリを捕まえると、キイキイいう。それは一部のカミキリだと思っていたが、超音波でキイキイいっているカミキリがないとはいえない。ないとはいえないどころか、あるに決まっている。私に聞こえないだけである。イヌやコウモリには、超音波が聞こえるからである。犬笛の音はヒトには聞こえない


ミヤマヒゲボソゾウムシです。その頭部を電子顕微鏡で拡大してみると……


A:こうなります。複眼がはっきりわかりますね。顔に散らばるうろこ状の鱗粉、これがヒゲボソゾウムシの綺麗な青緑色の体色のもとです。複眼の先のぽっかり空いたふたつの穴は、触角の根元が収まっていたところです。


B:この穴を拡大して覗くと、穴の壁面にデコボコが秩序正しく並んでいるのがわかります。触覚の根元にも同じようなデコボコがあり、お互いのデコボコがかみ合い、カチカチカチと触角が動くわけです。そのときおそらく音がするのでしょう。


■ Food for Thought ■ 08/15
それにしても熱い!熱過ぎる!セミの声も凄い勢いです。私の最近の修行法は炎天下で水着になってラグを敷いて座を組んで、「ホーミー」でセミとシンクロする事です。鳥は比較的簡単にシンクロして鳴いてくれるのですが、セミは難しい!こっちがセミに合わせるのは楽勝ですが、こちらの変調に合わせるかのようにセミが突然TB-303(wiki)のような低音で鳴き始める事があるんです♪その時はアナルから脳天までシナプス(wiki)が走り、大地と天の間で貫かれたようなエクスタシーを感じます。はっきり言ってセックスより全然気持がいいですよ!

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余談になりますが「虫の声が雑音」にしか聴こえない人たちってホントに同じ人間なの?それでよく「ミニマル・テクノ」とか聴けるわね?その点「かえるのうた」はいい!

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■宇多田ヒカルになるには■ 08/26 
私の趣味はカラオケ。特にものまねに凝っているが、約8年前、大きな壁に当たった。宇多田ヒカルだ。全身にシャワーのように染み入る声に惹かれたものの、理解できない。この声の研究と武術の稽古は、私には同質の課題だった。以下は、彼女の声を写し取ろうと試みつつ、勝手に推察したことだ。

まずはパワー:宇多田は肩甲骨の動きが柔らかく、肩を落下させる力で胸部を締め縮めて声を出しているように見える。膝関節も緩め、足の支えを抜く形で上体を落とし、ここでも位置エネルギーを運動エネルギーに転換している。体は力まず骨格を広げ、下腹まで深く息を取り込む。この吸気を主に意識し、あとはつかえを外すことで息を開放させている。なるべく体勢を崩さず運動するのがポイントだ。

次ぎに声質:歌唱では喉を締めるなというが、全開にするだけでは声の色彩が足りない。宇多田は頭蓋骨(特に上顎骨など顔面の骨)や喉の表面を振動させて、独特の揺らぎ、かすれなどを生む。意図的ではなく、呼気や、体内から溢れた力を頭蓋にぶつけ、結果的に揺らがせる。声が抜けて息のようにぼけやすいファルセットも、頭蓋骨の絶妙な緊張・弛緩の感覚によってシャープに出す。逆に低音は下顎の容量を深くとり、大地に広がるような響きにする。

発音も独特で 、上下の顎を狭く保ち、口をあまり縦に開かない。また、口蓋垂という喉の奥の弁は通常、ナ行など鼻から出す音のときを除き、口のみへ息を通して発音させる働きをもつが、宇多田のまねでは、より頻繁に鼻が振動し、鼻と口の両方で発音している感覚だ。それでいて特に鼻にかかった声でもない。内側から頭蓋に偏りなく広く当てた声が、鼻と口から出る印象だ。口腔部のみでなく、喉の奥や頭の骨格までが音色づくりに参加している。そのためか、頭が固くて息が浅い日には、宇多田の声とかけ離れてしまう。私にとってものまねは、工夫するほど身体感覚が目覚めてゆく無限のツールとも言えるのだ

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■虫の世界は、音に満ちている その2■ 08/22
すべての虫は動けば音を立てる。関節構造を見れば、そう考えるのが順当ではないか。前回はそう書いた。それでさまざまな長年の疑問が解決する。そこが私にはとても面白かったのである。

昆虫のコミュニケーションに音が使われているのは明らかである。セミもコオロギも、うるさくて仕方がない。ほかの虫は黙っているから、静かでいい。そう思うのが、典型的な偏見であろう。自分の耳が悪いだけなのである。自分に聞こえる音しか存在しない。そう思うのが、人間の意識中心主義である

それはいいとしよう。私がまず思ったのは、アリの巣はさぞかしウルサイだろうということである。小さな穴のなかに、おびただしい数のアリがいる。それが動き回る。関節が動くたびに音がすると仮定すると、キリキリ、カリカリ、コリコリ、やたらに音がしているに違いない。アリはそれをコミュニケーションに利用しているのではないか。社会性昆虫にとって、コミュニケーションはきわめて重要である。カール・フォン・フリッシュのミツバチについての業績を挙げるまでもない。

もし音を利用しているとすると、はじめてアリに共生する昆虫の存在が理解できる。私は長年擬態に興味を持ってきた。アリの巣に棲んでいる虫は、しばしばアリにそっくりの形になる。しかし逆に、形がアリにまったく似ていない共生者も多い。

たとえばオーストラリア大陸には、アリが多い。林のなかの石をひっくり返して歩いたら、すべてアリの巣があったという覚えすらある。そのアリに共生している虫も多い。クイーンズランドの博物館でフィジー島でアリの専門家が採ってきたという、カミキリムシの標本を見せてもらったことがある。アリを採集してきて、博物館で標本にしていたら、アリのなかから、カミキリムシが見つかった。専門家ですら、アリと間違えて、カミキリムシを採ってきてしまったのである。

オーストラリアに棲むアリには、ブル・アントという原始的なグループがある。多摩動物園の昆虫館で飼っていたから、いまでもあそこにいるかもしれない。このアリに擬態するカミキリムシは、何種かいる。アリとそっくりなやつもいれば、よくよく見ていると、なんだかブル・アントに似てるじゃないか、というのまである。つまり姿や形が似ていてもいいし、似ていなくてもいい。そこが不思議だった。

似ているものでも、最初にアリの巣にどうして住み着くことになったのか。その理由がわからなかった。あるとき『月刊むし』を見ていたら、クロシジミの幼虫の話が出ていた(と思う)。なにしろ蝶にあまり関心がないし、読んでもじきに忘れてしまう。ウロ覚えで書くと、アリがクロシジミの幼虫を巣に連れて行ってしまう。そういう事例があるというのである。クロシジミはべつにアリに構ってもらう必要はない。アリがいなくたって、ちゃんと幼虫は親になることができる。でもなぜかわからないが、ときどきクロシジミの幼虫はアリに拉致されるのである。

そのきっかけは音じゃないか。そう私は思ったのである。アリがコミュニケーションに使う周波数の音を、たまたま自分の種内のコミュニケーションに使っている虫がいるとする。そういう虫がアリの巣に住み込んでしまうのは、不思議なことではないであろう。おたがいの誤解の上に、共生関係が始まる。それは人間だって同じかもしれない。美空ひばりは私と同い年だが、離婚するときに、「誤解して結婚して、理解して別れる」という名言を吐いた。虫は誤解してアリの巣に住み着き、理解してそのまま居座っているのではないだろうか。

アリに対する擬態を、化学的なコミュニケーションだとしても、姿形が似ていない虫がアリの巣に住み着いてもいいことになる。たまたま同じ匂いを出すということである。でもアリの巣で、臭いのコミュニケーションというのは、能率が悪いんじゃないだろうか。あんな穴のなかで、うっかり臭いなんか出したら、臭いがなかにこもってしまうではないか。それを避けるには、空気中でただちに分解されるような、活性の高い物質を分泌するしかない。そういう物質を作るのは、音をつくり出すことに比較したら、コスト高に違いない。そういうフェロモンが論理的にはあってもいいが、それなら音のほうがもっと可能性が高いはずである。


■元ロックプロデューサーの神経科学者に聞く、音楽と脳の関係■ 08/29
Daniel Levitin氏はかつて、ロック音楽のプロデューサーとしてスティーヴィー・ワンダーやグレイトフル・デッド、クリス・アイザックなどと一緒に仕事をしていた。しかし、音楽業界の変化に幻滅したLevitin氏は、神経科学分野の研究に魅力を感じて学問の世界へ身を転じた。 転身から16年、Levitin氏は現在、カナダのモントリオールにあるマギル大学で準教授を務め、音楽の知覚認知分野の世界的権威として活躍している。

ワイアード・ニュース(以下WN):音楽にまつわる通説の中で、神経科学によって否定 されたものはありますか?

Daniel Levitin氏(以下敬称略):才能にまつわる通説は覆されたと思います。スティーヴィー・ワンダーが持っていてほかの誰にもないような、音楽に関わる遺伝子や脳の中枢といったものは存在しないようです。 (才能ある人々が、)最初からほかの人間とは違う脳の構造や配線を持っているという証拠はありません。ただ、どんな分野にしろ——チェスでもカーレースでもジャーナリストでも——その道の専門家になることで脳が変化し、専門分野に対して効率良く働く回路が出来上がることは確かです。 忍耐力や、目と手の連携といったものに関しては、遺伝的あるいは神経的な素因が考えられます。(また)心地良い声が出せるような生理機能を持って生まれることはありますが、これは歌手としてのキャリアを保証するものではありません。

WN:音楽を通じて、脳のどんなことが分かりますか?

Levitin:音楽と脳の研究を通じて、感情、計時、知覚——そしてシークエンス(連続)の作成——に関わる特定の部位をマッピングできるようになりました。 脳がパターンをどう扱うのか、そして、誤った情報が含まれている場合、脳がいかにしてパターンを完成させるのか、といったことが分かってきています。 中でも、前頭葉のBA47と呼ばれる部分は大変興味深いのです。音楽の研究から、1つのシークエンスの中で次に何が来るのか予測する上で、この部位が役立っている可能性が示唆されています。

WN:脳に障害や損傷を持つ人の研究を通じて、音楽知覚に関して分かったことがあり ますか?

Levitin:音楽の能力というのは、実際には単一の能力ではなく、10以上の能力の集まりだということが分かりました。脳の損傷によって1つの能力が失われても、ほかの能力まで奪われるとは限りません。たとえば、リズム感を失っても、音の高低は分かったりします。 視覚の分野でも同様のことが認められていて、色の知覚だけ、あるいは形状の知覚だけを失うということがあります。 私は、脳を一種の計算装置として考えています。脳には、問題をいくつかの細かな部分に分けて計算する、小さなコンポーネントが集まっています。そして、脳の別の部分では、それらの計算をタペストリーやキルトのように縫い合わせているのです。

WN:あなたは、脳よりも精神(マインド)に興味があると書かれていますね。その2つはどう違うのですか?

Levitin:脳は、ニューロン、化学物質、水、血液などの集合体です……。一方、精神は、脳から生じる思考のことです。解剖学者や神経解剖学者というのは、脳の組成や細胞間の連絡といったことに特に興味がある人たちで、脳の構造や配置を研究しています……。 一方、われわれが解明しようとしているのは、脳の(どの)部位が何をしていて、各部位がどう連絡しあっているかということです。それも、ニューロンや細胞レベルでの説明にとどまらず、実際の概念や思考、記憶のレベルで論じようとしています。

■元ロックプロデューサーの神経科学者に聞く、音楽と脳の関係■ 08/30
WN:進化論的な視点から見て、なぜ人間は音楽を生み出したのでしょうか?

Levitin:いくつか異なる説があるのですが、その1つに、音楽は、進化の過程で、言葉に付随して偶然生まれたという説があります。つまり、人間は言葉を応用して、純粋に楽しむためだけに音楽を作るようになったというわけです。 この説と対立するものとして、ダーウィン的な考え方があります。音楽は、潜在的な配偶者に対して、ある種の知的、肉体的、および性的な適応度を示すものだから、進化によって選択されたとする考えですね。

WN:それをロック音楽で説明するとどんな感じですか?

Levitin:妊娠させてほしい相手を選べるとなった場合、女性はロックスターを選ぶ傾向がある(という研究結果が出ています)。 ロックスターの遺伝子には、創造性、思考の柔軟性、心身の柔軟性、感情を表現し処理する能力などを示唆するものがあります。 また(音楽の才能は)、食物の収集や住みかに直接影響しないことに時間を費やせること、つまり
、食物の収集や住みかについては心配がいらないことを示唆しています。

WN:人間以外の動物も、音楽を聴くのが好きなのでしょうか?

Levitin:そういう証拠はありませんね。鳥が、自分たちの鳴き声を(たとえばわれわれ人間がそれを利用するのと同じ目的で)利用している、ということを示すような証拠はありません。また、動物が音楽を娯楽としていることを示すような証拠もありません。 また、人間が常識と考えている音楽の基本的な事柄が、動物界には存在しません

WN:脳における音楽と感情の結びつきについて、どんなことが分かってきていますか?

Levitin:音楽は、オーガズムを感じる、チョコレートを食べるといった他の多くの快い活動と同じ脳の部位を活性化し、同じ成分の神経化学物質を放出させます。ギャンブラーが博打で勝った時や、薬物使用者が薬物を摂取した時と同じです。セロトニンドーパミン
の両方が関わっています。

WN:音楽は抗うつ薬になるでしょうか?

Levitin:もうすでになっています。西洋社会では、大半の人が、気分をコントロールするのに音楽を利用しています。 たとえば、朝には景気のいい音楽、大変だった1日の終わりには癒しの音楽、エクササイズする時には体を動かしたくなるような音楽、という具合に
。 ジョニ・ミッチェルから聞いた話ですが、彼女は誰かから、『Prozac』[訳注:抗うつ薬]よりあなたの音楽が効くと言われたそうです。

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■犬はセミの鳴き声には興味がない■ 09/03
Q:826への回答ありがとうございました。暑かった年の夏が終わろうとしています。毎年、近くの公園に犬と散歩に行ってわたしは夏の終わりを知ることになります。川崎市と横浜市の境にあるその広い公園はよくわたしの作品にも登場します。秋の紅葉や春の桜など、四季それぞれに趣があるのですが、夏は何と言っても雑木林のセミの鳴き声のシャワーです。盛夏の雑木林では、まさにシャワーを浴びるようにセミの声が四方八方から聞こえてきて、自然と生命に対し畏怖の念を持ちます。犬はセミの鳴き声には興味がないので早く行こうとせかしますが、待てと指示して、わたしはしばらく目を閉じ360度のサラウンド・システムの音に聞き入ります。

数百、数千のセミの数だけの極小のスピーカーがあるわけで、その響きはたとえ大好きなBOSEのシステムでもかなわないと思います。セミは何年もの間地中にいてほんの1週間だけ地上で生息するそうです。昔、そんなセミが可哀相だと言った友人がいて、わからないぞとわたしは反論しました。セミにとっては地中のほうがハッピーかも知れないからです。セミの身になって地中の生活を想像したり、セミの気持ちを翻訳するのは不可能なので、地上で生きるほうがよりハッピーだとは言えないと思いました。

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Mo Horizons - Come Touch the Sun
1.Yes Baby Yes (Sally Said)
2.Bar Rumba
3.Big, J'Aim
4.Hold On
5.Fever 99
6.Foto Viva
7.Come Touch The Sun
8.Walk Into Space − Part I & II
9.Oye! ... Bossa
10.Brazil
11.Prince Charles' Latest Affair
12.Flyin' Away

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■すぎさりし なつのおもいで ありがとう■

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by beautiful_japan | 2007-09-03 21:21 | 和心 覚醒
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Sister Moon 08/30 PM20:00

■「ないない尽くし」の不思議な子弟関係 
先生は、余計な労力を、徹底的に省こうというお考えのようですね。先生ご自身や古参の方に、この会をどう拡大しよう、などといった意図は全く見受けられません。実際、ある特定の権力が集団を動かしていると、そのうちに、初めの目標を見失ったり、無理が出て崩壊するということが多いと思います。ですから、固定的な制度のない「縁のネットワーク」というのは魅力的ですね。

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Sister Moon 08/30 PM22:00

少し飛躍するかもしれませんが、同じことが、身体運用についても言えるのではないでしょうか。一部の強い筋力によって身体を動かそうという固定観念を、先生は取り払われていますね

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Eva Cassidy - Live at Blues Alley
1. Cheek to Cheek
2. Stormy Monday
3. Bridge over Troubled Water
4. Fine and Mellow
5. People Get Ready
6. Blue Skies
7. Tall Trees in Georgia
8. Fields of Gold
9. Autumn Leaves
10. Honeysuckle Rose
11. Take Me to the River
12. What a Wonderful World
13. Oh, Had I a Golden Thread
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by beautiful_japan | 2007-08-30 23:55 | 和心 覚醒
∧_∧
( ´・ω・) 色々ありましたよね…・・・・。
( つ旦O
と_)_) 旦旦

「田」に「雨」が降ると「雷」それを「稲光」と
呼ぶ「漢字の智慧」 一方お隣の「キムチの国」では
漢字を捨ててハングル文字だけにしてしまいましたとさ

■げっしょくよりらいこうのほうがおつですな・とうきょう■
∧_∧
( ´・ω・) いろいろありましたよね…・・・・。
( つ旦O
と_)_) 旦旦

「た」に「あめ」がふると「かみなり」それを「いなびかり」と
よぶ「かんじのちえ」 いっぽうおとなりの「きむちのくに」では
かんじをすててはんぐるもじだけにしてしまいましたとさ

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by beautiful_japan | 2007-08-28 20:02 | 和心 覚醒