絶望は愚者の選択


by beautiful_japan
カレンダー

<   2007年 10月 ( 32 )   > この月の画像一覧

a0085558_12382364.jpg

高次の意識に到達する道はひとつしかない。そこに至る旅はいろいろありえても、そこに至る道はただひとつだ。その道とは公正にして高潔に生きること、正しいいきざまのことだ。ほかに道はない。ほかの道はすべて不正でありごまかしだ。「何が来ようと、私は公正にして高潔な、この正しい生きざまを貫くぞ」と決意した瞬間、この全世界のあらゆるものがあなたのために各々ふさわしい場所に納まるのを見て、あなたはびっくりするだろう。そのわけはこうだ。「魂・魂の核」が正しく生きはじめて、宇宙のエネルギーすべてに関係し釣りあうだけの対極的エネルギーの磁場を生み出すと、世界と自分の全磁場は律動的に快調にまわりはじめるからだ。(read

[PR]
by beautiful_japan | 2007-10-31 23:59 | 和心 覚醒

■花鳥図押絵貼屏風■

a0085558_12124870.jpg

■洛中洛外図
永徳の唐獅子は『昭和残侠伝』のタイトルバックでしか知らなかったが、たいそうなものである。『洛中洛外図』、新発見の『洛外名所遊楽図』もこれまたたいそうなものである。この展覧会は「狩野派」のもの(つまり永徳工房製作で、永徳ブランドだけれど、真筆とは判じがたいもの)や「伝・永徳」のものもまとめてどおんと並べてある。

素人が見ても、「おおおお」と「ん?」くらいの違いがある。 もちろん工房製作だって、伝永徳だって技術的には完璧なのである。でも何かが違う 何が違うのか技術的なことはわからないが、比喩的に言えば「針の穴に手前から糸を通そうとしている絵」と「針の穴にもう糸が通ったあとに糸をひっぱるような絵」の違いに近い。どういう絵になるのか、細部まで全体の構想ができていて、一気に描いた絵と、そうでない絵の違いといえばよろしいか。

武道では、立ち合いのときにこのあと何が起こるのかがあらかじめ「わかっている」人の体感が場を支配する。時間をフライングする人」が先の先を取る。おそらく芸術でもそうなのであろう。 自分が何を完成させるのか、それを人々がどのように感嘆するのか、数百年後の美術館の観客の嘆息まで「わかって描いている人」の絵はそうでない人の絵とずいぶん質が違う。それは造型の細部とか筆遣いがどうこうということではなくて、作品のもつ「迫力」としてしか形容しがたいものである。

もう一つ興味深いことがあった。 それは山水を描いたものも洛中洛外図もそうなのだが、「これはいったい誰の視線から見た世界なのか?」ということである。手前のものも遠方のものも、すべてのものが等距離に見える。 家の中まで見える。あるいは『花鳥図押絵貼屏風』では鳥も花も虫も「すべてにピントが合っている」。人間の目に世界はそのようには見えない。 これは「神の視線から見た世界」なのか? 私はそうだと思う。

a0085558_12162219.jpg
8月23日熱中症で倒れるDo Co Mo 2.0 Co Do Mo
[PR]
by beautiful_japan | 2007-10-30 11:11 | 雑談 ライフログ
a0085558_23471683.jpg
■Sister Moon 10/28 AM6:13
昨日の風のあと今朝は雲一点もない青空。正に日本晴。なぜこういう空を日本晴れというのか知らないが、昔から日本晴といっている。「でかした」とか「見事だ」という意味を持つ「天晴」(あっぱれ)と「日本晴」はどうも関係ありそうだ。青空を背景に将軍が日の丸のついた扇子を高くかざして「天晴」といえば、青い空に日の丸が輝いて見えると、いつの間にか白い雲があちこちに現れ、気がついたらマグリット晴れになっていた。

a0085558_2348279.jpg
■Brother Sun 10/28 PM15:20
そんなマグリット晴れの中を物凄く大きいヘリが低空で三機飛んできた。ビックリして見ていると、後に7機、編隊がやってきた。その後にまた7機、編隊が続いた。もう終わりかと思っているとまた7機、編隊がきた。もうこれがいよいよ最後だと思ったら今度は全然機種の違うヘリが5機やってきた。これをぼくは街の中で見ていたのだが、あんなに沢山いる人が誰も空を見ていないのが不思議だった。ぼくにとっては空の異変なのに、こういうことを異変と思わない人が多いことの方がよっぽど異変だ。(read
[PR]
by beautiful_japan | 2007-10-28 23:45 | 雑談 ライフログ

■日本の孤立は自然な伝統
日本の特徴は、日本人自身に覇権(国際影響力)を持とうとする意欲が全くないことである。日本人は、覇権(国際影響力、国際貢献)について、大きな勘違いをしている。覇権とは利権(金権)であり、国家や国民を金持ちにする ための対外影響力なのだが、日本では政府にも言論界にも「日本が世界で尊敬されるよう、国際貢献しよう」といった漠然とした概念があるだけで、利権と結びつけた発想が全くない。

世界を見ると、米英仏中露など明白に覇権を気にする国々以外にも、ドイツや韓国、オーストラリアなど、覇権に対してひそやかな野心を抱く国が多い中で、日本は例外的に、覇権を希求する動きが全く存在しない。戦前の日本は野心的だったが、覇権を捨てた後の戦後の日本人は、覇権について理解する知力も失い、自分たちが覇権を求めないことの異例さも感じていない。覇権を知覚できないので、日本人は国際政治を理解できない。(これが「敗戦」の最大の意味かもしれない)

日本人に覇権を忘れさせたのは、第二次大戦終結時の英米の戦略だったのかもしれないが、日本人は、その戦略にうまく適合しすぎて、覇権のことを忘れたまま、高度経済成長とその後の先進国としての生活を楽しみ、もはや覇権なしの国家体制の方が性に合っている。

日本が覇権を求めないのは「平和主義」の具現化であり「悪い」ことではない。だが同時に日本は、アメリカがアジアの覇権を日本に渡したくても、それを拒否して、受動的な対米従属の状態だけを甘受したがっている。日本政府は、アメリカが中国に覇権を譲渡し(押しつけ)ているのを見て、対米従属が続けられなくなるので困ると思っているだろうが「その覇権、中国にやらず、俺たちによこせ」とは決して言わない。アメリカは、日本が固辞するので、仕方なく中国に覇権を委譲している。

アメリカは、北朝鮮やミャンマーの問題で、日本政府に国際指導力を発揮してほしいはずだ。日本が中国と覇を競い、日中の良きライバル関係がアジアの国際政治ダイナミズムになれば、アメリカは安心してアジアの覇権を日中に譲 渡できる。しかし、日本の決定的な野心の欠如(平和主義)が原因で、それは実現していない。どこかの国が覇権を担当しないと、世界は安定せず、平和も 維持されない。今後のアジアの覇権は、中国が持つことになる。

日本は、アジアが中国中心の覇権体制(冊封体制)にあった19世紀まで、 冊封体制にほとんど入らず、おおむね孤立に近い状態にあった。元寇を例外として、中国は特に日本を自分の覇権下に置こうとはせず、各時代の日本の政権 は、都合の良いときだけ中国に接近し、それ以外の時は中国と疎遠にして、孤立状態を享受していた。

このような伝統的な日本の状態を考えると、アメリカがアジアから撤退し、新冊封体制とも言うべき中国の覇権体制が復活していく中で、日本が中国の覇 権下に入らず、自ら孤立状態へと移行していくのは、自然なことであるとも思える。日本とは対照的に、朝鮮やミャンマーは、伝統的に冊封体制下の国であり、中国の覇権下に入るのが伝統的に自然である。

■中国・China・矛盾■(read
■【中国】ダライ・ラマがそんな勲章を与えられるなら、世界に正義や善人は存在しななくなる【共産党】(read
いつになったら西洋は東洋を理解するのか。西洋の特徴はいかに理性的に「自慢」するかであり、日本の特徴は「内省」によるものであるread


■うんざりの記憶と二元論
七、八年前、ヨハネ=パウロ二世は、キリスト教は過去に大きな過ちを繰り返してきたということを言いました。三一三年にローマ帝国のコンスタンティヌス帝とリキニウス帝が連名で発 布したミラノ勅令によってキリスト教が公認されて以降、ヨーロッパ(当初は西ローマの範域)のキリスト教化が進み、かえって社会がめちゃくちゃになりました。

十字軍が起こり、異端審問もユグノー戦争も三十年戦争も起 こりました。そうした血で血を争う経験をイヤというほどして、それで「もう二元論はイヤだ、適当にやるしかない」という形になったんですね。こうした「うんざりの記憶」を保持するヨーロッパでは、聖公会にしてもルター派にしても長老派にし ても、カトリック同様に二元論を遠ざけました。

そういう歴史を知っていると、アメリカも、二元論ゆえに社会がめちゃくちゃになる歴史的経験をしない限り、変われないのかなと思います。その点、日本人はいい。私は「安倍なんてクソだ」とか言っていたけど、憔悴しきった安倍さんを見ると「かわいそうだな」と本気で思ってしまう(笑)。こういう我 々のいい加減なメンタリティは結構重要です。

日本の保守が真性保守であるかどうかは、こうした脱二元論的な「いい加減さ」??いわばシンクレティズム的な発想??を肯定できるかどうかです。その意味では、安倍晋三も「つくる会 」も2ちゃん右翼も、戦前の蓑田胸喜と同じく二元論的で、真性保守から程遠い。二元論的な「断固・決然」で強がりたい「 マスターベーション右翼」に過ぎません。

私は映画批評の仕事もしていますが、アメリカのドキュメン タリーは極めて特殊です。マイケル・ムーアでもいいし、アル・ゴアの『不都合な真実(An Inconvenient Truth)』でもい いのですが、「みんなはアイツが悪い奴だと思っているけど、本当に悪い奴はコイツだ!」とフィンガーポインティングする作品ばかり。

要は、ブッシュ政権的プロパガンダに対する、ムーアやゴアからのカウンタープロパガンダなのです。カウンタープロパガ ンダもプロパガンダの一種です。だから、二元論的な勧善懲悪で、感情的フック(感情の釣針)とカタルシス(感情の浄化) に満ちています。ヨーロッパの教養人から見ると、「え? そ れってドキュメンタリーなの?」と感じます。

ヨーロッパの人たちはドキュメンタリーもアートだと捉えます。アート(芸術)とは初期ロマン派的な観念で、接触した後に日常を脅かされてしまうものを言う。接触した後に地面が液状 化したように感じられる作品だけが、アートです。二元論的勧善懲悪は、日常の感情的作法を延長しただけだからアートではなく、だからドキュメンタリーじゃない。  ヨーロッパのアートの伝統では、プロパガンダでもカウンタープロパガンダでもなく、アンチプロパガンダだけがドキュメンタリーです。むろん、ここで私が述べるアートかプロパガンダかという図式も二元論ですから、厳密に言えば自己矛盾の規 定不可能性に陷ります。だからそこは話半分に、日本人的に「いい加減」に聞いて下さい(笑)

■(Who's Afraid Of?) The Art Of Noise!■(read
■「自分の暮らす郷土を守ろうと思い、守るための戦略を立てられる人を育ててこそ、真の教育」と宮台真司教授(read
■高城剛氏の「180」サスティナブルからオルタナティブへ(read

■MIAU設立に寄せて
先週 MIAU(Movements for Internet Active Users、インターネット先進ユーザーの会)の設立が発表され、直後に設立発表会が開かれましたが、ネットでの反応(公式サイトやはてなブックマークから辿るのがよいでしょう)が当方が予想したよりも冷ややかに見えたのも今回の文章の契機と言えます。

もちろん好意的な反応も多いですし、これは飽くまで当方の印象の話です。それに否定的な反応であれ、それが今後の改善につながる生産的な批判であればよいのですが、名前が気に食わないとか瑣末なもの、あるいは「斜めな目線ありき」な反応には正直失望を覚えます(ハイレベルな自爆ギャグの域までくると素直に笑えるのですが)。

もっとシンプルに考えてみてはどうでしょう。

1. 違法サイトからのコンテンツダウンロード違法化への反対意見表明
2. コピーワンス及びダビング10技術の採用に対する反対意見表明
3. 著作権の保護期間延長に対する反対意見表明

以上の文章が何を意味しているか分からない人、また半数以上意見を異にする人は、残念ながらMIAU が代表するユーザの範疇を外れるでしょう。それにあたらない本文をお読みのあなたは、間違いなくMIAU のターゲットとなるアクティブなインターネットユーザです。

当方は上記三点を重要な問題だと考えますし、一人のインターネット利用者としてMIAU の方針に賛同します。

先日、ローレンス・レッシグ教授からクリエイティブ・コモンズへの寄付を求める電子メールが届きました。レッシグについては稿を改めて書く予定なので深くは触れませんが、今年の12月で5周年を迎えるクリエイティブ・コモンズの活動から彼が得たものは、決してポジティブなものばかりではなかったはずです。

設立発表会において白田秀彰氏も引き合いに出していたレッシグの言葉を今一度引用します。

もし君たちが、自分自身の自由のために戦うこともできないというのなら ……君たちはその自由に値しない

■6500作品DVDで無料配布 青空文庫が8000図書館に(read
■腐敗に立ち向かうレシッグに興味津々(read
■「顕在、潜在、双方の意識と能力が働いている中間に、莫大な才を発揮できる秘密の領域があると感じる」(read

■編集・Remix
今回、1冊分の原稿に赤入れして、あらためて思うことは、編集者とかライターという職業も、それぞれやはり得意分野があり、大きく分けると話の流れを作るのが向いている人、日本語の表現力がある人の2つに分けられるように思う。もちろん、すぐれた編集者やライターは、その双方を兼ね備えていることだが、昨今はその両方を1人の人間に望むのは非常に難しいことなのかもしれない。

■Karma・縁のネットワーク■(read
■Lovely Standards・離れの至極■(read

■ジャンプするための「カタパルト」
もちろん実証的な研究は学術的に大きな意味をもつ。けれども、実証的研究に「はまる」と、しばしば学者たちは「存在するものがすべてを意味として編制している」というチープな物語を信じるようになる。一般に、学者というものは学術情報の蓄積がある閾値を超えたところで「ワイルドでカラフルな仮説を立てる人」と「重箱の隅をつつく人」に二極化する。

それまで自分が蓄積してきた学術情報が「次のレベル」へジャンプするための「カタパルト」とみなして、それを「踏み台にして棄ててゆく」人と、それまで自分が蓄積してきた学術情報を「お宝」とみなして、それを退蔵して飾り立てる人の二種類にわかれるのである。残念ながら、90%の学者は後者である。 原理的に言えば、あらゆる学術情報は「棄てるため」にある。必死になって研究するのは、その研究成果が「実は無意味」なものであるということを確認するためなのである。

「無意味なことはできない」という人間は学者には向かない。 あまり知られていないことであるが、私たちにとって「意味のあること」の有意味性はどのように構築されているかではなく 、私たちにとって「無意味なこと」の無意味性はなぜ知的に把持され得ないのかを問うことが根源的に学術的な知性のあり方なのである。 真の知性は「存在しないもの」、私たちの意識から絶えず逃れ去ろうとするもの、知性が把持することのできないものを選択的に追う

■ 本日の太陽と月・Brother Sun, Sister Moon ■(read
■「かぐや」と別れ「おきな」「おうな」 衛星を分離■(read

■虫に、なぜ「名前」が必要なのか?
変な虫を見つけると嬉しい。その嬉しさを言葉にしようとすると、「変な虫を見つけた嬉しさ」になってしまう。これでは説明にならない。その嬉しさとは、正体が不明なものが採れたということに発している。でもそれなら、正体がわかると、その嬉しさが消えるはずである。消えると、嬉しくないわけである。でもそれをどうして も消したい。このあたりが、人間の矛盾したところである。どうだ、正体不明だろう。面白いだろう。そういって威張っていればいいのに、名前を知りたくなる。

正体不明の虫が存在することが、なんだか気に入らないわけである。名前がわかれば、その「気に入らなさ」が消える。それが行動の強い動機になる。それでわかったような気がした。虫に名前をつけるという作業の根本の動機がここにあるのではないか。(中略)

名前がわからない状態でいると、虫の形をよく記憶している。名前がつくと、忘れる。名前がつかなくたって、忘れるよ。そういう人が多いのはわかっている。でもそういう人は、言葉の世界に慣れきった人なのである。言葉の世界に浸ると、感覚の 詳細が吹き飛ぶ。名前が代用するからである。言葉と感覚はその意味で相互排除する。言葉がないと、つまり名前がないと、感覚で捉えた特徴を記憶するしかない。

だから頭の中が、口吻の隆線なのである。

■むしのこえ うたにきこえる にほんじん■(read
■人間界のことにしか結局は関心がない人が多い その人間界だって自分が生きている間だけにしか関心がない(read
■私を知りたければブログの表面だけを見てください。裏側には何もありません(read
■基本的人権はメタバースにも適用されるべきか?(read

a0085558_2284828.jpg

a0085558_11132437.jpg

■ホームズ彗星(17P/Holmes)大増光…2日間で40万倍の明るさに
ペルセウス座の方向にあるホームズ彗星(すいせい)が25日までのわずか2日間で約40万倍も明るくなり、肉眼でも観測できるようになった。アウトバーストと呼ばれる現象で、彗星の核からチリやガスが一時的に吹きだし、太陽光を反射して明るく輝くらしい。今回のような大幅な増光の観測例はなく、各国の天文台などが追跡を続けている。

ホームズ彗星は太陽の周りを約7年周期で回っており、今年5月に太陽に最接近した後、少しずつ遠ざかっていた。現在の太陽からの距離は約2.4天文単位(1天文単位は約1億5000万キロ)、地球からは約1.6天文単位離れている。/23日の明るさは約17等だったが、その後急速に明るさを増し、日本時間の25日明け方には約2.9等と、約40万倍の明るさになった。放出された物質がそれほど広がっていないため、尾のような構造は見えず、恒星のように見える。

アウトバーストを起こして肉眼でも観測可能になった彗星は、73年のタットル・ジャコビニ・クレサーク彗星以来。この時は約1万倍の増光だった。ホームズ彗星も発見時の1892年に約6万倍の増光が観測されたが、翌週には急速に減光したという。/渡部潤一・国立天文台(詳細)准教授は「研究者としてこれほどの増光に立ち会える機会は一生に一度あるかないか。とても興奮している。観測を通して、現象の解明も進むかもしれない」と話している。【須田桃子

■【gter】屈折する星屑の上昇と下降【chos】 (read
■エントロピーのなかからのエピファニー■(read


■NEW COOL COLLECTIVE BIG BAND - Livereview

■あ"-疲れた!てな訳で「十三の月の歴」の
四月(Self - existing Owl Moon・FormDefineMeasure
Week14(Temple of Being)の始まりです。

一回分のエントリーの限界超えて二分割しますた(爆w その1

[PR]
by beautiful_japan | 2007-10-25 00:00 | 和心 覚醒

■儒教とは何か
これをどう感じるかは諸君に任せたい。おそらく柳田は「日本の家」のことを俎上にのせたのである。ひょっとすると、西田が家族を失って、新たな思索に入っていったことを暗示したのかもしれない。ぼくはどうかといえば、どう転んでも60年にわたって「孝
から遠のいてきたと言うしかない人生をおくってきた。むしろ、あらゆる「家」から逸脱することを選んできた。親にも妹にも、また友人にも「孝」を尽くしてこなかった。それをもって潔しとしていたようなところがあった。ところが、ところが 、である。近ごろはそうした日々を愕然たるものとして偲ぶようになったのだ。なぜだかはわからないので、今夜は「孝としての儒教」をとりあげたのである。

ついでながら、もうひとつ告白しておくと、ぼくは『論語』が苦手だった。いまもって溶けこめないでいる。ずっと「うざったかった」のだ。ところが、ところが、だ。それにもかかわらず、最近は、とくに「知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ」(雍正篇)が覆いかぶさって、困っているのだ。そうでないときは、「民に戦いを教えざるをもってす。是れ、これを棄つると謂わん」(子路篇)を考えこむようになったのだ。また 、「人が知らずして慍(うら)みず、人の己(おのれ)を知らざるを患(うれ)えず、人を知らざるを患う」がのしかかるようになったのだ

きっと、いつかは孔子を書かなくてはならないのだろう。そう、思うしかあるまい。そのときは、でも、二つの視点をもちだしたいとこっそり思っている。ひとつは「述べて作らず」(述而篇)ということ、もうひとつは「吾、老いたり。用いるあたわず」(微子篇)ということだ。

■ 空・All As One ■(read
■私はいま、「アフォーダンス」「アブダクション」という二つの見方に非常に関心をもっている(read


■森永卓郎氏が講演、「独身とネットが社会を変える、不良社員を社内に増やせ」
10月24日に開幕したイベント「IPコミュニケーション&モバイル 2007」では、獨協大学経済学部教授の森永卓郎氏が基調講演に立った。ジョークを交えながら経済やマーケットの変化をわかりやすく解説。「年収100万円台のフリーターとインター ネットが社会を変えている」と話した。森永氏は最後に「会場にいる経営者のみなさま」と呼びかけ一 つアドバイスを残した。「商品の短命化は驚くほどの速さで進んでいます。こうした時代にヒット商品を生み出せるのは変な社員なんです。以前、システム会社にいたことがあります。そのときにCOBOLで勘定系システムをこつこつ作っていた真面目な社員より、マイコンやゲームで遊んだり、データベースをいじっていた“不良社員”が活躍しています。社内に不良を増やしてください。最近は私用メールを禁じているが、絶対に間違い」と訴えた。次々にいろいろな情報を受け取り発信していく異質な不良社員こそが企業に革新をもたらすという。 (上木貴博=日経情報ストラテジー

■akira@beautiful_japan profile with photo(read
マニさんがシェフの頃行ってたお店のすぐそばに森永先生行きつけ?のショップがあるのでお見かけした事あります。(read

■真の技術移転は、文化の移転を伴う
「発展途上国の温暖化対策のために日本がすべき貢献は“技術移転”だ」という言葉を、しばしば耳にするようになった。だが、その中身がどういうものなのか、どうあるべきかは、曖昧模糊としている。2007年8月下旬、「環境・エネルギー課題解決のための賢人会議」のために訪ねたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)のパチャウリ議長も、日本の技術への大きな期待を語っていた。その中身は何なのか、インドのトヨタとデンソーで“技術移転”の一部を見ることができた。

インド訪問は今回で4度目と少ないが、1977年、1987年、1997年、そして2007年と、偶然だが10年ごとにインドを見たことなる。1977年は哲学者、梅原猛先生のお供でインドの宗教と思想を学ぶ旅だった。1987年は伝統医学“アーユルヴェーダ”の、1997年は絶滅に瀕するベンガルトラの取材が目的だった。10年ごとの訪問のたびに自動車の急増ぶりと交通事情の悪化を実感してきたが、今回、いくつかの驚きがあった。新しいきれいなクルマが増えたこと、なかでもトヨタ車が目立っていたこと、そしてこの10年間のクルマの増加と都市部の渋滞の凄まじさだ。

首都ニューデリーでは、日本の安倍首相(当時)の訪印と重なり、辛い目にあった。その警備のための交通規制で、8月22日夕刻から夜にかけて、ニューデリー市内の道路は完全に麻痺してしまったからだ。インドのドライバーは走行中に車間距離をとらず猛速度で走り、やたらにクラクションを鳴らし続ける。しかし“安倍渋滞”では、クラクションを鳴らそうと、クルマは微動だにできない状態が続いた。

そんな混沌と破綻の「インド」から、一歩、「トヨタ」の世界に足を踏み入れると、そこはまったくの別世界、「日本」だった。構内はゴミひとつない清潔さで、エキゾチックな植栽が続き、砂漠でオアシスに辿りついたような思いがしてホッとした。この工場敷地内の清潔さが醸す快感と安堵感は、2500人のインド人従業員たちが最も強く感じているに違いない。

■【七転】だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ・何と桃太郎の起源はインドにあった事が判明!【八起】(read
日本は世界最強の「戦略」を持って、日本国憲法を世界各国に「押し付け憲法」すれば良いread

■「借金は国民に、資産は新会社に」の身勝手
民営化にあたって、わたしが気にしているのは、郵便局が持っていた資産だ。例えば東京駅の前に東京中央郵便局がある。 まさに駅前1丁目という格別な不動産だ。民間の丸ビル(丸の内ビルディング)より地の利は高いといってもいい。こういう資産を郵便局は全国にたくさん持っている。しかも、それらに関しては下記の例示にあるように巨大な開発計画が目白押しである。郵便局や銀行窓口が必要としている のはこうしたビルの一階部分のごく一部であろう。郵便物などの仕分けや配送作業は、当然、もっと安い土地に移してしまえばいい。家賃が坪当たり6万円も取れるようなところで集配作業をやるのは、それこそ民営化した郵便局に相応しくない。


この土地はいったい誰のものか、考えてみるといい。言うまでもなく国民のものではないか。それを当然のように新会社は自分の所有物であるかのごとく持っていく。本来であれば、こういう駅前一丁目は国民が取り返さなくてはいけない資産だ。民営化された会社のものではない。

民営化の第一段階で持っている資産は売却して、国民に返せとわたしは言いたい。上場してキャピタルゲインで返すというのは正しいやり方ではない。売却した場所にとどまりたいというなら、民営化した会社は当然新しいオーナーに応分の不動産使用料を払うべきなのである。こうした不動産の所有権の問題 をあいまいにしたまま走り出したところを見ても民営化委員会は実に表面的な議論しかしてなかったことになる。

民営化委員会は、「それらの資産は、上場したときの価値に含まれる。上場益は国のものだから返すことになる」と言っている。だが、その論理にだまされてはいけない。そのいい例が国鉄の民営化のときにある。国鉄は駅前・駅周辺に価値の高い資産を持っていた。駅前の駐車場、空中権‥‥。「汐留や品川」の操車場なんて土地もあった。当時の国民は、そういうものを国鉄が持っていることを知らされずに、ただ「国鉄には巨額の借金がある」とばかり思い込まされていた。

そして、気がついてみれば、国鉄の借金は国民に押し付けられていて、国鉄が持っていた資産は、ちゃっかりとJRが持っていった。それで駅ビル、駅中、駅横、駅そば事業など、やりたい放題でJRは史上最高益、ときている。ところが、そのキャピタルゲインはごく一部しか国庫に戻ってこない。

なぜなら、かなりの株式は既に国民の手を放れている。国民が「実は国鉄は、駐車場や汐留などの資産を持っている」ということを知ったのは、民営化の後のことだったからである。本来であれば、国鉄が持っている借金も資産も、ちゃんと国民に返してから民営化するのが当然ではないか。あるいは、そうした新しいプロジェクトとか、空中権のような当初想定していなかった権利から生まれる富は国民に返さなくてはいけない、という一文を入れておくべきだったのである。

■デスボンド(死の債券)今、世界のお金の流れはそういうところに向かっている事実は承知しておくべきだ(read
■お待たせしました…有名店そろえ弁当充実“東京駅ナカ”オープンへ(read

■駅中の立ち食いソバの店
おれの副業の勤め先から自宅までを、東京中に張り巡らされた地下鉄をなぞるように 線で結ぶんだちょうど中間地点の駅。大した駅じゃないんだけど、 その駅にうまい立ち食いの店がある。 香ばしいアジアンテイストの香りを伴う輸入雑貨屋や、おれには縁遠いアンティークウォッチで ショーケースを輝かせる店の影、 おそらくタタミ6畳くらいのえらく手狭なスクエアに、年季の入った木製テーブルが二つ並ぶ。 のれんで仕切られたカウンターの向こうには、気の良い50代中ごろの店長が、 いつだってえくぼをつくって出迎えてくれる。

カツ丼やざる蕎麦など、立ち食いのスタンダードはきちんと抑えた上で、 オムライスやから揚げ定食なんてものまで揃えた豪華ラインナップ。 そのほとんどが、ニッケル黄銅で作られた 桐の花が描かれたコイン一枚で食えちまう。そして注文してから、10数え終わらないうちに、 とっくに鏡面性を失って曇ったステンレスのキッチンカウンターから、目当ての一品が 元気な店長の声とセットで滑り込んでくるのだ。

中でも天ぷらそばがおススメで、 つなぎに山芋を多く使ってる蕎麦は、 コシも強くて喉越しもなかなか。デカイ海老の天ぷらもついてたったの 320円だからびっくりだ。 何より舌がにぶいおれには、ダシの味がしっかりしてるのが嬉しい。 東北の味付けは喫煙者にやさしいのだ。

そんな店だけど、いつも狭い厨房の奥で、店長が上げた蕎麦に、せかせかと わかめや刻みネギをトッピングしたり、 カレーライスに福神漬けを乗せたりしていた40代半ばのおばちゃんがいた。 彼女はいつも奥で作業してるから、 直接目を見て話すことは出来なかったけど、こんなに安くてうまい蕎麦を出してくれる 店だし、おれはいつもなるべく店の奥まで届くように「ご馳走様でした」と言っていた。 そうすると彼女は「特ダシうどん」に、自慢の巨大オアゲを扇状に広げながら 「またどうぞ」と返してくれたんだ。 他人に心を添わせるのはいつだって気分が良い

ところが先週久々に寄ると、 彼女は居なかった。 かわりに日本語が話せないアジア系の若い女性が、なれない手つきでカレーを 煮込んでいた。 太陽が赤みを帯びる直前で、まだおれ以外に客はいなかったので、 顔なじみの店長に、おばちゃんは休み? と聞いてみた。するとはじめて店長の頬からえくぼが消えた。 目は笑っているが、口元は厳しい。聞かなきゃよかったと思ったけど、もう遅い。 記者の職業病は、何でも聞いてしまうことじゃなく、それによって他人の事情を背負うこと。 冷酷になれないおれは、 きっと永久に一山いくらの三流なんだろう。

「彼女は8年間ずっと一緒にやってきたけど、 賃料や材料費がどんどん上がってるでしょ。立ち食いだけに値段はそんなに上げられないし、 彼女の給料を払いきれなかったんだ。」それでも店の儲けをギリギリにして 彼女に払っていたことを付け加えてくれた。 勿論そんなことは言わなくてもわかっている。好景気の象徴として政府がしきりに持ち出す 地価高騰と物価上昇。 給与と消費が連動していなけりゃ、多くの国民にとっては地獄に過ぎない。 (当然、資本家や、それらから献金を貰う政府にとっては笑いが止まらないんだけどね。)

安値競争を余儀なくされる店舗の店長とパートのおばちゃんは、現代日本の典型例。 安い時給でつくしてくれる日本人さえ雇えなくなって、変わりに更に時給の安い中国人留学生を使う。 最低で徹底的な悪循環がそこにある。相変わらず天ぷら蕎麦がうまいのが、 余計に悲しかった

■定食日本(read
■Beat the System・構造的に作られた格差社会■(read

■コードネーム「BX」−日本上陸
アルルの男・ヒロシです。今朝の「産経新聞」に出ていた記事です。 NYSEのティッカーネーム「BX」、ブラックストーンが日本上陸するようだ。

ブラックストーンは、NYウォール街の「新帝王」の称号をこの2月に授けられた、イエール大学スカル・アンド・ボーンズ出身のスティーブン・シュワルツマンが創業した投資ファンドだ。名誉会長には、同じリーマン・ブラザーズで働いていたときの会長のピーター・ピーターソンを迎えており、その点でデヴィッド・ロックフェラーの人脈に繋がり、さらに欧州のジェイコブ・ロスチャイルド、カナダの元首相ブライアン・マルルーニーをアドバイザリー・ボードに迎える大型ファンドだ。今年には中国政府からの出資を受け入れたほか、巨大保険会社AIGとも提携している。既に書いたように、BXは、以下の欧米企業と提携したおり、情報ネットワークは強い。

ブラックストーンからスピンアウトしたヘッジファンドにブラック・ロックがある。そのBXが上陸するのは、皇居脇にあるAIGビルディングだそうだ。→→→皇居の周りはブルームバーグなど軒並み外資に進駐されてしまっている←←←既にカーライル、KKRは日本に事務所を構えている。

■ アイズ ワイド シャット・Eyes Wide Shut ■(read
■中国国家外匯投資公司ブラックストーンIPOで日銭615億円稼ぐ ブラックストーン経営者3人で年収870億円(read

■田中康夫代表からの激励メール - 防衛省不正疑惑を追及せよ
昨日、新党日本の田中康夫代表からメールが届き、防衛省の不正疑惑追及の記事について激励と助言を頂戴した。代表は以前からブログをご覧になられていると言う。これは私にとっては大きなニュースで、感動と緊張の両方が錯綜して、公開の記事の中でどう気持ちを表現すればよいのか戸惑う。メールをもらった事実を書くべきかどうか少し躊躇ったが、私の中ではこれは慶事であるから、素直に喜んで公表することにした。何と言っても彼のメディア批評は昔から抜群のセンスがあり、多忙な中で彼が関心を持って読んだり見たりしている情報(コンテンツ)は見逃せないものが多く、それに対する批評には立ち止まって目を通さざるを得ない。簡単に無視できない。先日の『フラガール』もそうだった。田中康夫のメッセージは常に気になる。中身も表現も気になる。そういう批評家は今の日本では少ない。

ブログのパースペクティブを広げること。誰かがそれをやらなきゃいけない。それと、この機会に併せてブログの読者にご紹介しておきたいが、あの「華麗なる内閣」の記事を上げた直後、天木直人氏のご子息から熱いメールを頂戴した。私にとっては大きな事件だった。お父上から「あの記事を見たか」と言われてお読みになられたということだった。そのメールが本当に感動的な文章で、読みながら胸が詰まってどうしようもなかった。よいご子息をお持ちでお父上は幸せである。よいお父上をお持ちでご子息は幸せである。必ず、必ず、この国の外務大臣になっていただく。諸外国のメディアに「ミスター9」のニックネームで呼ばせる。

■世に倦む日日のthessalonike4 氏へ■(read
■マクロが「武力の行使は国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する」ならミクロは?天木直人先生(read
Wake Up And Make Love With Me・なぜならば「第三のチャンス」はもはや存在しないからである■(read

その2へ続く

[PR]
by beautiful_japan | 2007-10-25 00:00 | 和心 覚醒

【柿】Crow Fruit Mix【鴉】

a0085558_171535.jpg
最近毎朝カラスの鳴き声で目覚めます

a0085558_1732753.jpg
写真は全てカラスの中の人のお陰で撮れました(カラスは24日撮影)

a0085558_1742729.jpg
私のTB拒否しながら自由や民主主義語ってる人が5人いるけど赤木さんを見習ったら?

a0085558_1752764.jpg
1.Lucky People Centre - Woman Is Like A Fruit (Ambient Ibiza)
2.Neutron 9000 - Jemblefruit(The Green House Effect)
3.Su-Paka-Pooh - In Her Arms [Doragon Fruits Mix](Organ b. SUITE No1)
4.The Blow Monkeys - Forbidden Fruit(Choices: The Single Collection)
5.Robert Wyatt - Strange Fruit(Nothing Can Stop Us)
6.Orange - Quarter 2: Le Fruit(Fnac - La Collection)
7.Sunaga t Experience - Storobe / Fruit(Double Standard)

Sunaga t Experience のオリジナルアルバムて当分出ないんですかね?

[PR]
by beautiful_japan | 2007-10-24 23:22 | 雑談 ライフログ
a0085558_1515192.jpg

■「宿神夢枕獏先生 298 巻の十三
「人は理と利で動くものじゃ。まずは理、次が利じゃ。しかし、それは表面のところでな。そのどんづまりのところで、人には計れぬものがあるということを、おれはよくわかっている。結局、最後に人を動かすのは、そのどんづまりにある計れぬものなのだ
なあ、義清よ—」
■私信:V.G.noteよりJ.P.W.noteの方がよくね? ■アホダンス(wiki

[PR]
by beautiful_japan | 2007-10-23 04:56 | 雑談 ライフログ
a0085558_12328100.jpg
■Brother Sun 10/22 PM14:22

a0085558_124767.jpg
■Sister Moon 10/22 PM16:34

a0085558_1245385.jpg

■千日回峰行 最難関の「堂入り」、32歳・星野師が達成
荒行で知られる天台宗の「千日回峰行」でも最難関の「堂入り」に取り組んでいた星野圓道師(32)=総本山延暦寺大乗院住職、東京都出身=が21日未明、9日間の行を無事終えた。堂入りの達成は01年の藤波源信師以来6年ぶりで、戦後12人目。星野師は03年に千日回峰行に入り、順調なら09年秋に満行を迎える。


■かぐや 月の観測軌道に入る
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は21日、月探査衛星「かぐや」が月の観測軌道に入ったと発表した。また、この軌道から撮影した月や、月と地球がいっしょに写った画像を公開した。かぐやは9月14日に打ち上げられ、月の周回軌道上で2基の子衛星「おきな」「おうな」を分離

10月19日に最終的な観測軌道への投入作業を実施し、高度80〜120キロで月を南北に周回する軌道に入った。今後は搭載した14の観測機器の機能を確認し、12月中旬から月の誕生や進化の謎の解明を目指し、本格観測を開始する予定。

画像はアンテナの状態を監視するために取り付けられたモニターカメラで撮影された。高度98キロから撮影された画像には、月の向こうに小さく輝く地球が写っている。高度120キロの画像は、解像度約300メートルで大小のクレーターが確認できる。

a0085558_1223341.jpg
■開花の準備に入った桜 ■Neneh Cherry - Buffalo Stance(lyric)・Raw Like Sushi
[PR]
by beautiful_japan | 2007-10-22 22:22 | 宗教 vs グローバル化
■ゲーデルの定理と金融
金融商品とは、リスクを分散する手段だから、オプションなどのデリバティブ(金融派生商品)が増えれば、様々なタイプのリスクに対応する手段が増える。個人も企業も不足の事態に備えられる度合いが増す。その結果、当然、経済全体が安定化する、というのが経済学者の通念だ。

この通念は多くの市場参加者にも共有されている。金融の発展は、途上国の金融危機やサブプライムローン問題のような動揺を一時的に引き起こすかもしれないが、究極的には経済の安定化に貢献している。そういう通念だ。

しかしこの通念は素朴すぎるかもしれない。そう考えさせる経済論文が10年前に発表された(この論文を紹介したのが私のコラムだ

その内容はこうだ。金融商品とは、何らかのリスクを分散することを意図して開発される。しかし新しい金融商品(たとえば株式などをあらかじめ決まった価格で買う権利を商品化したオプション)ができると、市場参加者は「オプションを使うか、使わないか」という新しい選択に直面する。オプションは行使される時とされない時では、株価の動きが異なる。それによって生じる株価変動は、新たなリスクだ。つまり、新しい金融商品が生れると、それを使うかどうか、という新しいリスクが生み出される。その結果経済が不安定化する。

「リスクに対処するための金融商品が新たなリスクになる」という論文のロジックは、数学や論理学の世界で有名な「ゲーデルの不完全性定理」と関係しているのではないか、と私は考えてきた。

「私の発言はうそである」と私が言ったとすると、この発言は、真実だろうか、うそだろうか。真実だとすれば、私の発言はうそでなければいけないから、この発言も真実でないはずだ。逆に、この発言がうそだとすると、私の発言はうそだ、という命題は正しいことになり、この発言は真実だということになる。

結局、この発言は真とも偽とも判定できず、論理の完全性は破綻してしまうのだ。

論理学者ゲーテルは、このような自己言及的命題(自分自身について述べる命題)が、論理の体系の完全性を破壊してしまうため、いかなる数学体系も完全なものにできない、と証明した。これがゲーデルの不完全性定理だ。

ゲーデルの定理は「数学が発展すれば、完全な数学体系に到達できる」という数学者の素朴な通念を覆した。 これと同じことが金融市場について言えるのではないか。金融が発展すれば究極的に経済は安定する、という経済学者の通念は幻想かもしれない。どこまで金融が発展しても、新たな金融商品が新たなリスクを生み出し、市場の不安定性はなくならないのかもしれない

ゲーデルの定理が金融の世界でも成り立つのだとすると、バブルの発生と崩壊は、どんなに金融市場が発展しても無くなることはない、ということかもしれない。

■これは「科学が発展すれば、エコでロハスな世界に到達できる」にも応用出来ますな。サブプライム問題はヨギの人が例によって判りやすく解説してますね(爆w

[PR]
by beautiful_japan | 2007-10-21 23:54 | 宗教 vs グローバル化
a0085558_2326692.jpg

何故だか判らないけどきっこさんと私は相当シンクロしている。先ずきっこさんは足をケガして足下が不自由。私は手首と肩をケガして手先が不自由。きっこさんは洗濯機、冷蔵庫、炊飯ジャーが次々壊れた。私はガス炊飯器、ソニータイマーの故障で幸運にも12年稼動してたビデオデッキと、去年修理したのに前傾チルトがまた不能になった初期型アーロンチェア(ランバーサポートは消耗品)が連続して壊れた。

DVD/HDDレコーダーは高くて買う気がしない、かと言って今さらビデオデッキ買うのも何だかなー。なのでテレビはリアルタイムで見るしかない。昨日は歌姫の事をすっかり忘れてて音を消して横目で見てたニュースの流れで「雑貨大国ベトナムの一週間〜香椎由宇・ホーチミンで部屋を作りました〜」を見てしまった。雑貨で女性、香椎由宇で男性を釣る横軸に、ベトナムの歴史を縦軸に織りまぜた番組だった。

ベトナムのお金持ちな人達の伝統に根ざしたミクスチャー感覚のインテリアは電通セレブのワンパターンな成金無趣味よりはるかに洗練されている。昔、ホムペで「電通セレブが馬や牛を集めて喜んでるけどコーチビルダーにボディ造らせてこそ本物のセレブ」って書いた事があったけど、最近見事に実現してくれた人がいて他人事ながら一寸嬉しかった。要するに「吊るしで満足してる内はちょい悪オヤジでも読んでなさい」って事だ。グローバル化の途上で光と陰が混在してるのは百も承知な隣の芝生だけど、ベトナムの人達の方が豊かで幸せそうに生活しているのは間違いない。

それは屈服することなくアメリカと最後まで戦い続けて曲がりなりにも負けなかったからだと思う。もし原爆に臆する事なく本土決戦も辞さずに戦い続けたら、アメリカは更に原爆を落とし続けて文字通り日本中を焦土にしてソビエトと日本を山分けにしたんだろうか?その方が「平和ボケ団塊世代の大量発生が起きずに大和魂が温存されてて良かったのかもしれない」等と暴言を吐いてみたい気分の今日この頃なのだ。(歯が痛くて)

a0085558_0463040.jpg
■Albino - Rhinoreview
1.Democracy
2.Pupet Boy
3.Jing Bongwah
4..Mr. X(Act Two)
5.No Go Sell
6.Feel Alright
7.Soldier Don't Speak
8.Mr. X(Epilogue)
9.Deconstruction of the Transitional Movement
[PR]
by beautiful_japan | 2007-10-20 23:54 | 宗教 vs グローバル化