「政治の季節がやってきた!面白いのはこれからだぜ」キタキタキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
2007年 08月 28日
最近、政治家と官僚の正しい関係は、何事であれ、政が官の上に立ち、官を好きなようにコントロールすることであるかのごときことがいわれることが多いが、それはむろん正しくない。それでは本来パブリック・サーバント(公僕)である官僚を、一部政治家のプライベート・サーバントにしてしまう。
本来のパブリック・サーバントたる官僚は、誰に対して最優先の忠誠心を持つべきなのかといえば、むろん、時の政治権力保持者に対してではなく、それより永続的な生命を持つ国家に対してである。官僚は時の権力者が命じること以上に、国家理性が命じることに従わなければならないのである。
政と官の関係は、なかなか複雑で、いちがいにどうあるのが正しいといいかねるが、ひとつだけ確実にいえることは、官僚を使いこなせない政治家は大成しないということである。官僚を使いこなすとは、官僚機構を使いこなすということで、それはとりもなおさず国家機構を使いこなすということである。
官僚を使いこなすためには、国家理性の命ずるところがどの辺にあるのかをきちんと筋目立てて説明し、官僚を国家理性の言葉(論理)で説き伏せなければならない。それができなければ、田中角栄がそうしたように、官僚の下賤な欲望に火をつけて、私利私欲の世界の即物的な言葉(金銭あるいは出世欲を満たすポスト)で、官僚のハートをつかむ必要がある。
いずれにしろ、官僚の心をうまくつかんで、これをコントロールできない政治家は大政治家になれない。
安倍首相はこのあたりのこともわかっていない。ただただ権力的に官僚をおさえつけて自分の言うことをきかせることが「改革」だと思いこんでいる。これでは官僚の心がどんどん離れていくばかりだし、公約の公務員改革もうまくいくはずがない。総理大臣というのは、官僚機構の親玉そのものなのに、子分の心が親分を離れ、面従腹背におちいっていく
。これではいずれ政権が破綻せざるをえない。
政治の季節がやってきた。面白いのはこれからである。(read)